犬の後肢麻痺|血栓症の診断と内科治療の成功例【症例報告】
犬の血栓症とは?症状・診断・治療の流れと注意点を症例で解説
はじめに
犬の「血栓症」は命に関わることも
「後ろ足が急に動かなくなった」「ヨロヨロしてる」「急に立てなくなった」
そんな症状が見られたら、血栓症の可能性があります。
犬の血栓症(thrombosis)は、血管内に血液のかたまり(血栓)が形成され、血流が遮断されることによって、急性かつ重篤な臓器障害や肢の麻痺などを引き起こす病態です。発症は突発的で、時に命に関わることもあるため、迅速な診断と治療が必要です。
今回は、14歳の犬に起きた血栓症を通して、
血液検査の異常値、診断方法、治療方針までを詳しくご紹介します。
症例紹介
症例: 柴犬、14歳、避妊メス
主訴:
9日前に突然、後肢が麻痺して立てなくなった。
近医で入院治療を受けている。
詳しい検査と治療を希望して紹介来院しました。
シグナルメント
- 体重:10.5kg
- 心拍数:126回/分
- 呼吸数:54回/分
- 後肢の状態:来院時には後肢に力が入らず、立つことができませんでした。
痛覚や位置覚も麻痺しておりほぼ完全麻痺に近い状態でした(動画1)。
検査所見

ラテラル像(左図)ならびに仰向け像(右図)において、異常は見られなかった。
聴診:異常な心音・呼吸音は聴取されませんでした。
レントゲン検査:心拡大や腹部臓器の異常は確認されませんでした(図1)。
血液・生化学検査
ALT(GPT):122 IU/l(参考値: 17〜78) ⇒ 肝細胞の障害
血中尿素窒素:56.5 mg/dl(参考値: 9.2〜29.2) ⇒ 腎機能の低下か循環不全
クレアチニン:3.28 mg/dl(参考値: 0.4〜1.5) ⇒ 腎機能の低下か循環不全
リン:6.4 mg/dl(参考値: 1.9〜5.0) ⇒ 腎臓や代謝の異常を反映
CRP(炎症反応):6.2 mg/dl(参考値: 9.2〜29.2) ⇒ 強い炎症または組織壊死の可能性

肝臓内に肝臓腫瘍を疑う高エコー原性の塊状病変が認められた。
超音波検査
心臓:特に異常は確認されませんでした。
腹部:肝臓内のエコー原性の不整と塊状病変が認められ、肝臓腫瘍が疑われました(図2)。

左図:腹大動脈内に高エコー性の構造物(矢印)が認められる。
右図:カラードプラー検査において構造物は腹大動脈を完全に塞栓し、血流はほとんど確認できなかった。
腹大動脈:血管内に高エコー源性の構造物(=血栓)が認められ、血管ドプラー検査において構造物は腹大動脈(横断面)の血管内腔を完全に塞栓していることが明らかとなりました(図3)。
診断
以上の検査結果から、以下の疾患が見つかりました。
腹大動脈の血栓塞栓症
肝臓腫瘍(癌の疑い)
腎機能障害
犬の血栓症とは?
血栓と血栓症の違い
血栓(thrombus)とは、血管内で形成された血液の塊のこと。
血栓症とは、この血栓が血管を塞いでしまい、血流が遮断された状態を意味します。血栓症になると、罹患肢の痛みや運動障害、肝障害や腎障害などを引き起こします。
犬における血栓症の原因となる疾患
- クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)
- ネフローゼ症候群(蛋白漏出性腎症)
- 免疫介在性溶血性貧血(IMHA)
- がん(悪性腫瘍)
- 肝疾患(門脈圧亢進など)
- 感染症や炎症性疾患
- 心臓病(拡張型心筋症など)
これらの疾患は血液の凝固系に異常をもたらし、血栓形成のリスクを高めます。
犬の血栓症でよく見られる症状
腹大動脈や肺動脈などが血栓の好発部位であり、塞栓部位によって症状が異なります。
腹大動脈の血栓症では
- 後ろ足が突然動かなくなる
- 力が入らず立ち上がれない
- 下半身がヨロヨロする
- 強い痛み、鳴き声、触られるのを嫌がる
- 罹患肢の冷え、チアノーゼ、ショック状態
血栓症の原因と検査・治療について
治療経過
血栓症の慢性期治療~的確な内科治療により、血流の回復と機能改善
治療方針
本例では血栓発症後から9日が経過しており、慢性期であることから血栓溶解剤の効果は低いと考え以下の内科治療を行いました。
- クロピドグレル:抗血小板薬
- リバーロキサバン:抗凝固薬
- テルミサルタン:腎臓病薬
- 皮下点滴(1日おき):腎臓病治療と血栓症による血流低下の予防
7日後

右図:カラードプラー検査では、腹大動脈(横断面)において血流の再開が確認された。
腎数値は依然として高値を示していましたが、CRPは正常化していました。
血管内には血栓が残存していましたが、縮小しており、腹大動脈(横断面)のカラードプラ検査では血流の再開が確認されました(図4)。
36日後

左図:腹大動脈の縦断面では血栓様構造物が退縮し、血流の再開が認められた。
右図:腹大動脈の横断面では血流がかなり改善していた。
- 腎数値の改善が確認されました。
- 血栓は依然として残存していますが、以前よりは血流の改善がみられ、血管横断面の20-25%くらいの血流が再開していました(図5)。
- 後肢の状態はかなり回復し、ほぼ正常な歩行が可能となっていました。
予後と管理
再発予防と長期管理がカギ
- 原因疾患のコントロールが血栓予防の基本
- 定期的な血液検査で凝固系モニタリング
- 抗凝固療法の継続と副作用のチェック
- 血栓の再発防止には生活環境・安静管理も重要
飼い主さんへのメッセージ
「急に歩けなくなった」は重大なサインかも
犬の血栓症は急激に進行することが多く、発見の遅れが命に関わるケースもあります。
✅ 後ろ足が突然動かなくなった
✅ ヨロヨロしながら歩く(千鳥足になる)
✅ 触ると痛がる・声を上げる
✅ 足先が冷たい
✅ 呼吸が荒く、横になれない
上記のような症状があれば、すぐに動物病院へ連絡を。
よくある質問(FAQ)
Q1:犬の血栓症はどうやって診断されるのですか?
A1:血栓そのものはレントゲンや一般血液検査では見つけにくいため、超音波検査(ドップラー)やCT造影検査、血液凝固マーカー(Dダイマー、TAT)など複数の検査を組み合わせて診断します。
Q2:血栓症は予防できますか?
A2:基礎疾患がある場合、抗凝固薬(ヘパリン、リバーロキサバン、ワルファリンなど)や抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレル)の予防投与でリスクを大きく下げることができます。また、日常的な体調チェックや早期の治療介入も非常に重要です。
Q3. 血液検査だけでわかるものですか?
A3. 血液検査は重要な手がかりになりますが、エコーや追加検査と併用して総合判断します。
Q4. 犬の血栓症の治療法はどのような選択肢がありますか?
A4. 急性期には入院して抗凝固薬(ヘパリン、低分子ヘパリン)の注射やt-PA製剤を用いた血栓溶解療法、外科的に血栓を除去する手術、対症療法として循環改善薬、酸素療法、疼痛管理、ショック対処などがあります。
Q4. 犬の血栓症の治療に入院は必要ですか?
A4. 急性期には命に関わるため入院管理をお勧めしますが、3日以上が経過している場合には基本的に通院管理をお勧めしています。
Q5. 犬の血栓症は治りますか?
A5. 初期に発見・治療すれば回復が見込めます。ただし、再発予防が重要です。
Q6. 血栓症は高齢犬に多いですか?
A6. はい。加齢に伴いリスクは高まりますが、若い犬にも発症することがあります。
まとめ
犬の血栓症は「早く気づいて早く治す」がカギ
✅ 犬の血栓症は急に起きることが多く、命に関わる
✅ 血液検査や症状の観察で早期発見が可能
✅ 異変を感じたら、迷わず受診を!
犬の血栓症は、突然の呼吸困難や麻痺、失神など、命に関わる重篤な症状を引き起こすことがある疾患です。血栓そのものは目に見えないため、早期発見には日頃の観察と適切な検査が不可欠です。また、血栓症は単独で発症することは少なく、多くの場合、基礎疾患(クッシング症候群、IMHA、心疾患、腫瘍など)に伴って発症します。
血栓ができる前に防ぐこと、できてしまったら早期に治療すること、そして再発を防ぐこと——そのすべてにおいて、飼い主の気づきと継続的なケアが非常に重要です。
「いつもと違う」と感じたら迷わず動物病院へ。
大切なパートナーの命を守るため、正しい知識と備えを持ちましょう。
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