一過性の心不全を起こした猫(症例No.7)
症例
猫(雑種)、3歳、去勢♂
主訴
本例は3週間前から食欲が低下しており、2週間前に他院で肺炎と言われて入院治療していたが、改善しないことから当院を受診されました。
シグナルメント
体重:4.3kg、心拍数:244回/分、呼吸数:90回/分、呼吸様式:浅速呼吸
検査所見
血中酸素飽和度:85%であり、低値を示していました。
聴診:心雑音は聴取されませんでした。
胸部X線検査(図1):ラテラル像においてVHSは8.4であり正常範囲内でしたが、ラテラル像ならびに腹臥位像では肺野の不透過性がわずかに亢進していました。
肺エコー検査(図2):左右の胸壁(肺後葉領域)でBラインが強陽性を示しており、肺実質の異常が示唆されました。
心エコー図検査(図3):左心房は重度に拡大しており、うっ血徴候が示唆されました。左室自由壁は軽度に肥厚していましたが、明らかな心筋症を示唆する所見は認められませんでした。
血液検査: 心臓病マーカーであるNT-proBNP(572 pmol/L)は上昇していましたが、炎症マーカーであるSAA(<3.75 ug/mL)は正常範囲でした。
診断
本例では明らかな心筋症を示唆する所見はみられませんでしたが、重度な左心房拡大があり呼吸困難を伴うことからうっ血性心不全であると判断しました。また、胸部X線検査ならびに肺エコー検査から肺実質の病変が示唆され、うっ血性心不全による心原性肺水腫と肺炎の可能性を考えました。しかし、SAAは正常値であったことから心原性肺水腫と診断し、心不全治療を行うことにしました。
治療
本例のような呼吸困難を伴う症例では基本的に入院治療を推奨していますが、飼い主様は自宅療養を希望されたためフロセミドとピモベンダンの内服を開始し、念のため肺炎治療の抗生剤(エンロフロキサシン、ビブラマイシン)を併用することにしました。
経過
3日後の再診時には呼吸状態が改善していました。胸部X線検査では肺野の不透過性が改善し、肺エコー検査でもBラインが消失していました(図4 & 5)。その後は心不全治療のみを継続し、第66病日には左心房径が15.3mmから12.9mmに縮小しており、LA/Ao比は2.2から1.6に縮小していました。
Mモード検査では左心室壁厚ならびに左室内径、左室内径短縮率に大きな変化はみられず、NT-proBNPも徐々に低下しているため心不全治療薬を漸減しています(図6)。
コメント
猫の心不全は心筋症に続発することが多く、継続的な治療が必要になることが多いですが 稀に一過性の心不全を起こす事例が報告されています1。一般的には「一過性心筋肥大」と呼ばれ肥大型心筋症によるうっ血性心不全と非常に酷似していますが、適切な治療を行うことで心肥大が正常化し、治療の必要はなくなります。本例では心室壁の肥厚は認められていないため一過性心筋肥大とは異なりますが、内科治療を漸減してもうっ血徴候は再発せず、NT-proBNP は徐々に低下していることから一過性の心不全の可能性を疑っています。
参考文献
1.Novo Matos J, Pereira N, Glaus T, et al. Transient Myocardial Thickening in Cats Associated with Heart Failure. J Vet Intern Med 2018;32:48-56.