疾患の解説

努力性呼吸(呼吸困難)

目次

はじめに

動脈血中には酸素と結合した赤血球が流れていますが、血中酸素分圧( 酸素濃度の指標) が低下すると息苦しくなります。特に、血中酸素分圧が60mmHgを下回ると呼吸不全と言い、人工呼吸による酸素吸入が必要となります。呼吸困難は呼吸器疾患や心不全など様々な原因によって発生し、血中酸素濃度が低下した状態を意味します。重度な呼吸困難は生命を脅かすため、呼吸困難を疑う際には呼吸不全を起こす原因を調べ、適切な治療を行う必要があります。

ただし、人医の場合、呼吸困難は患者本人が「息苦しい」と感じている状態であり、実際には苦しくない場合も呼吸困難と呼ぶそうです。一方、犬猫では「苦しそうにみえる状態」を呼吸困難と判断していますが、人医と同様に本当は苦しくない場合もあります。従って、本当に息苦しいのか正しく判断する必要があります。

 

呼吸困難の原因

呼吸困難の原因には以下に示す様々な疾患が挙げられます(表1)。

この中で、心不全と関連した呼吸困難には以下の原因が考えられます。

  1. 肺水腫
  2. 肺高血圧症
  3. 胸水
  4. 心嚢水・心タンポナーデ

 

1.肺水腫

肺水腫の原因には僧帽弁閉鎖不全症(犬)や肥大型心筋症(猫)などの左心不全がよく知られています。
重度な左心不全では左心房圧の上昇によって肺静脈に血液がうっ滞し、肺静脈圧が高くなることで血管内の水分が肺胞腔へ漏出します[4]。これを肺水腫と言います(図1)。
肺水腫になると肺胞から酸素を取り込めないため呼吸困難が発生します。重症例では命を脅かすため早急な集中治療が求められます。

 

 

 

 

2.肺高血圧症(詳しくはこちら

肺高血圧症とは様々な原因によって肺動脈圧が上昇した状態を指します。肺動脈圧が上昇すると肺の血流が障害されるので、ガス交換が出来ずに呼吸困難が発生します。原因には左心不全、先天性短絡性疾患、肺疾患、フィラリア症など様々な疾患が挙げられます[6][12]。特に左心不全犬の約70% では肺高血圧症を合併しており[11]、肺水腫と同様に慢性心不全の転帰として重要な病態と考えられます。重度な肺高血圧症では高率に呼吸困難が認められ[2][10]、他にも失神やチアノーゼなどが認められます。

 

3.胸水

心臓や肺を納めている胸腔に液体が貯留した状態を胸水と言います( 肺水腫は肺の中の肺胞に液体が溜まります)。胸腔の広さはほぼ一定なので、過度の胸水では肺が圧迫されて拡張できなくなり呼吸困難が発生します。原因には心不全、低アルブミン血症、胸管破裂、胸腔内腫瘍、猫伝染性腹膜炎などが挙げられます。特に猫の心不全では高率に胸水が発生します。

 

4.心嚢水・心タンポナーデ

心臓は心膜と呼ばれる薄い膜で包まれており、心膜の内側に貯留している液体を心嚢水と言います。心嚢水が大量に貯留した結果、心臓の拡張が障害された状態を心タンポナーデと呼びます。これは心臓から送り出される血液量が低下し、肺の血流も低下するため、ガス交換が出来ずに呼吸困難を発生します。心嚢水の原因には心筋症(猫)、心臓腫瘍、心膜炎などが挙げられます。特に猫では心嚢水の原因の75%を心不全が占めています[5]

 

呼吸困難の症状

  1. 呼吸数の増加
  2. 努力性呼吸(浅速呼吸)
  3. 開口呼吸
  4. チアノーゼ
  5. 鼻水

症状を動画で確認する(症例1)
症状を動画で確認する(症例2)
症状を動画で確認する(症例3)
症状を動画で確認する(症例4)

 

1.呼吸数

呼吸数は緊張状態や体温にも影響されるので単純に呼吸困難を反映する情報ではありませんが、呼吸数の増加は血中酸素濃度の低下や血中二酸化炭素濃度の増加を示唆する重要な情報です。正常な犬猫の安静時呼吸数は30回/分以下ですが、50回/分を超える呼吸数(犬)は呼吸困難を示唆しています[8]。本院に来院した肺水腫の犬の呼吸数は約80回/分と顕著に増加していました(図2)。

 

 

 

 

呼吸数は自宅でもモニタリングできるため、苦しそうなに時は呼吸数を数えることをお勧めいたします。
呼吸数をご自宅で計測できるディバイス(PetVoice)があります。詳しくはこちらをご覧ください。

自宅で呼吸数を数える方法

  1. 胸の動きを確認する
  2. 15秒間に何回胸が膨らむか数える
  3. 胸の膨んだ回数を4倍し、1分間の呼吸数を計算する

 

2.努力性呼吸(浅速呼吸)

呼吸困難の中でも浅くて早い呼吸様式(浅速呼吸)は肺実質に異常がある時に出現します[9]。呼吸困難の犬猫は落ち着かずにずっとそわそわし、うずくまることや横になることができません。さらに、重度な肺水腫では首を伸ばして呼吸することもあります。これらの症状が続く場合には肺水腫を疑います。

 

3.開口呼吸

症状を動画で確認する

犬では緊張・興奮や体温調節のために開口呼吸が容易に出現するため、普段は呼吸困難の指標として利用できません。しかし、安静時にも開口呼吸している場合には呼吸困難を疑います。また、一般的にパンティングをしない猫では、鼻翼の開帳や開口呼吸は呼吸困難を示唆する重要な所見です(図3)。
*猫でも体温上昇、過度の興奮や緊張時にはパンティングすることがあります。

 

 

 

 

4.チアノーゼ

チアノーゼは舌や皮膚などの組織が青紫色になる現象で、肺水腫や呼吸器疾患を強く示唆する重要な所見です。これは酸欠によって血液内のデオキシヘモグロビン濃度が5g/dl以上になると出現するため[3]、チアノーゼがみられる時には重度な低酸素血症を意味します。犬猫では舌、口腔粘膜、歯肉の色調から判断できます(図4)。

 

 

 

 

5.鼻汁

重度な肺水腫のケースでは薄ピンク色の鼻汁がみられることがあります。これは非常に危険な徴候であり、生命の危機を意味しています。
*鼻汁=肺水腫ではありませんので、ご注意ください。

 

自宅での確認法

以下の条件に一つでも該当する場合は呼吸困難を起こしている可能性があるので、早急に動物病院を受診してください。

  1. 安静時呼吸数が40回/分以上
  2. 浅くて速い呼吸が30分以上続いている
  3. 開口呼吸が30分以上続いている
  4. うずくまったり、横になって寝れない(落ち着かずにハーハーしている)
  5. 舌の色が暗い赤色、青味がかった赤色、紫色にみえる
  6. 薄ピンク色の鼻汁が出る

 

診断

身体検査

身体検査で開口呼吸、浅速呼吸に加えチアノーゼなどの臨床症状がみられる場合は呼吸困難を疑います。
また、聴診では心雑音に加えて、断続性ラ音と呼ばれる異常呼吸音を確認することで肺水腫の有無を確認することができます。

 

胸部X線検査

この検査では肺水腫や胸水に加え、様々な呼吸器疾患を鑑別できます。肺水腫では心拡大に加え、肺野がび漫性に白くみえ、気管分岐部(肺門) の周囲にエア・ブロンコグラムと呼ばれる特徴的な所見が現れます(図5)。

 

 

 

 

 

また、胸水では通常はみえない葉間裂が可視化され、重度の場合には心陰影が不明瞭となります(図6)。

 

 

 

 

 

超音波検査

超音波検査は心臓病の診断に加え、心嚢水や胸水の診断が可能です(図7)。胸部X線検査よりも感度が高く、少量の液体貯留でも検出が可能です。また、心臓内部の構造や心臓の運動性を評価できるので、心不全の重症度や予後の判定にも利用しています。特に左心房拡大がある場合は肺水腫や心不全死などのリスクが高くなります[1]


図7.心嚢水の犬の心エコー図検査所見
心嚢水は心臓の外側に無エコー帯として描出されます(PE)。LA;左心房,LV;左心室,RA;右心房,RV;右心室

 

SPO₂測定

パルスオキシメーターを使用し血中の酸素量(ヘモグロビンに結合した酸素の割合)を測定します(図8)。これは酸素の取り込み能を評価しているため、呼吸困難の症状が低酸素血症(真の呼吸困難)であることを確認できます。正常値は95~100%ですが、95%未満の場合には低酸素血症であると診断します。

 

 

 

 

 

治療

呼吸困難の治療法は原因によって様々ですが、以下に主な治療法を紹介します。

1.肺水腫

肺水腫の治療は酸素吸入に加え、内科治療が中心となります。このため入院して酸素室の中で安静にし、利尿剤や強心剤を 用いた集中治療を行います。初期の肺水腫の場合、救命率は比較的高いですが、進行した肺水腫や何度も繰り返している場合の救命率は低くなります。

  1. 利尿剤:尿を排出させることで全身の血液量を減らし、心臓の負担を減らします。
  2. PDE3阻害剤(ピモベンダン):血管拡張作用と強心作用を併せ持ち、血液循環や心不全症状の改善に有効です。
  3. カテコラミン製剤(ドブタミン):強心作用があり心拍出量を増加させることで血液循環や心不全症状の改善に有効です。
  4. ANP製剤(カルペリチド):血管拡張作用と利尿作用があり、①~③の治療に反応しない症例や肺水腫を繰り返す症例で使用します。
  5. PDE3阻害剤(ミルリノン):血管拡張作用と強心作用を併せ持ち、①~③の治療に反応しない症例や肺水腫を繰り返す症例で使用します。

 

2.肺高血圧症

心不全によって生じる肺高血圧症では、慢性心不全治療を行うことが推奨されています7。さらに肺血管拡張薬(ベラプロストNa、シルデナフィル)を使用することで呼吸困難の症状を緩和できます。基本的には安静および通院治療で管理し、入院の必要はありません。重度な症例では家庭用酸素室をレンタルすることが可能です。

 

3.胸水や心嚢水

胸水や心嚢水は穿刺処置により、直ぐに呼吸が楽になります。肺水腫の治療とは異なり、入院の必要はありません。繰り返す場合には定期的な処置が必要です。

呼吸困難は放置すると生命を脅かす危険な状態です。呼吸困難の原因は心不全以外にも様々な疾患が考えられます。適切な治療を行うことで、少しでも多くの命を救いたいと考えています。
呼吸困難について気になることやご心配がある場合は、早急に本院へご相談ください(ただし、電話相談のみは受け付けていません)。

 

参考文献

  1. Borgarelli M, Savarino P, Crosara S, et al. (2008): Survival characteristics and prognostic variables of dogs with mitral regurgitation attributable to myxomatous valve disease. J. Vet. Intern. Med., 22: 120-128.
  2. Carr AP, Panciera DL, Kidd L. (2002): Prognostic factors for mortality and thromboembolism in canine immune-mediated hemolytic anemia: a retrospective study of 72 dogs. J. Vet. Intern. Med., 16: 504-509.
  3. Ganong WF. 監訳 岡田泰伸. (2004): ギャノング生理学. In:VII編 呼吸, 34-37章. 原書21版. 東京, 丸善株式会社.
  4. Guyton AC, Hall JE. (2000): Textbook of medical physiology (3th). Chap 38, W.B. Saunders, Philadelphia.
  5. Hall DJ, Shofer F, Meier CK, et al. (2007): Pericardial effusion in cats: a retrospective study of clinical findings and outcome in 146 cats. J.Vet. Intern. Med., 21: 1002-1007.
  6. Johnson L. (1999) Diagnosis of pulmonary hypertension. Clin. Tech. Small Anim. Pract., 14: 231-236.
  7. Keene BW, Atkins CE, Bonagura JD, et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J. Vet. Intern. Med., 2019; 33: 1127-1140.
  8. Kittleson MK, Kienle RD. (2003): 監訳 局 博一、若尾義人. 小動物の心臓病学―基礎と臨床―. In: Chapter 3. 第1版. インターズー, 東京.
  9. Nelson RW, Cuoto CG. (2003): Small Animal Internal Medicine. In: Part 2, Respiratory system disorders, 3rd ed., pp 210-342, Mosby,Philadelphia.
  10. Palmer KG, King LG, Van Winkle TJ. (1998): Clinical manifestations and associated disease syndromes in dogs with cranial vena cava thrombosis: 17 cases (1989-1996). J. Am. Vet. Med. Assoc., 213: 220-224.
  11. Serres FJ, Chetboul V, Tissier R, et al. Doppler echocardiography-derived evidence of pulmonary arterial hypertension in dogs with degenerative mitral valve disease: 86 cases (2001-2005). J. Am. Vet. Med. Assoc., 2006; 229: 1772-1778.
  12. Stepien RL. (2009): Pulmonary arterial hypertension secondary to chronic left-sided cardiac dysfunction in dogs. J. Small Anim.Pract., 50 Suppl 1: 34-43.
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