突然の後肢麻痺を呈した猫:肥大型心筋症に伴う動脈血栓塞栓症の内科治療【症例紹介】
猫の後ろ足が動かない?それは血栓症のサインかもしれません
はじめに
「猫が急に立てなくなった」「後ろ足が冷たい」「鳴いて痛がっている」
そんなときに疑われるのが、**動脈血栓塞栓症(ATE)**です。
今回は、9歳の猫が突然後肢麻痺を起こし、肥大型心筋症が背景にある血栓症と診断され、
内科治療により後肢機能が回復した実際の症例をご紹介します。
症例紹介
症例:猫(雑種)、9歳、避妊♀
主訴
夕方から両側後肢が動かなくなった
強い痛みと運動障害を認める との主訴で来院しました。
シグナルメント
- 体重:4.0kg
- 直腸温:36.4度
- 心拍数:143回/分
- 呼吸数:48回/分
- 呼吸様式:正常
検査所見

身体検査所見:両後肢は完全に麻痺しており、痛覚反射と位置覚反射の消失、後肢先端の冷感とチアノーゼが確認されました。

これらの所見は後肢への血流障害を示唆しています。
聴診:心雑音は聴取されませんでした。
胸部X線検査(図1):ラテラル像でVHSは8.3であり正常範囲内であったが、腹臥位像では心陰影の拡大が疑われました。
心エコー図検査(図2):左心房は重度に拡大しており、左室自由壁の肥厚が確認されました。


血液検査
- CKP>2000U/L ⇒筋肉の障害を示唆
- NT-proBNP>1500pmol/L ⇒心筋障害を示唆
- 血栓症マーカー
Dダイマー: 1.38 μg/mL(正常範囲)
TAT: 0.437 ng/mL⇒軽度な上昇 - その他の検査所見には異常はみられませんでした。
診断
- 肥大型心筋症(HCM)
- 心不全の兆候を伴ううっ血性心不全
- 臨床所見より動脈血栓塞栓症(ATE)
本例は心室壁が肥厚していることから肥大型心筋症と診断し、重度な左心房拡大があることからうっ血性心不全のリスクがあると判断しました。また、腹大動脈ならびに股動脈内の明らかな血栓塞栓は確認できませんでしたが、臨床徴候と血液検査所見から心筋症に続発した動脈血栓塞栓症と診断しました。
肥大型心筋症の原因と検査・治療について
治療と経過
内科的血栓溶解療法を選択
入院治療
本例は血栓症の発症から間もないことから、入院して内科治療による血栓溶解療法を試みました。
治療では血栓溶解剤(クリアクター)の静脈投与に続き、血管拡張薬のhANPと抗凝固剤のヘパリンを持続点滴投与しました。
治療は3日間続けて行いました。
通院治療
しかし、これ以上の入院治療および血栓溶解治療には効果が期待できないことから血管拡張薬(アラセプリル)、利尿薬(トラセミド)、強心薬(ピモベンダン)、抗凝固剤(イグザレルト、ハートアクト)を処方し、自宅療養を行うことにしました。
9日後:驚きの改善
第9病日の再診時には後肢の状態はかなり改善していました。
各反射は正常に戻り、後肢を使って歩いたりジャンプもできるようになっていました(図3)。
超音波検査においても左心房径の縮小が認められました。
治療経過は良好と判断しています(図4)。
現在は内科治療を継続しています。
血栓症の治療について
コメント
本例では動脈血栓塞栓症の合併症がみられず、血栓溶解剤が奏功したため運よく命を取り留め後肢の機能も正常に回復することができました。
飼い主様へのメッセージ
猫の動脈血栓塞栓症は心不全に続発することが多く、適切な治療を行っても改善しないケースや動脈血栓塞栓症の合併症によって死に至ることも多い疾患です。
「急に後ろ足が動かない」
「触ると冷たくて、歩けない」
そんなときは、迷わずすぐに動物病院へご連絡ください。
猫の動脈血栓塞栓症は命に関わる緊急疾患であり、早期対応が鍵を握ります。
適切な治療で回復するチャンスもある病気です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 猫の血栓症は治りますか?
A1. 完全な完治は難しいこともありますが、早期であれば症状を大きく改善できる可能性があります。
Q2. 血栓ができる原因は何ですか?
A2. 肥大型心筋症など心臓病により、血液の流れが乱れることで血栓ができやすくなります。
Q3. 再発の可能性は?
A3. はい、再発のリスクがあるため、継続的な抗凝固治療が重要です。
まとめ
突然の後ろ足麻痺、それは心臓と血栓のサインかもしれません
✅ 猫の動脈血栓塞栓症は突然発症し、致命的になることも
✅ 背景に肥大型心筋症があるケースが多い
✅ 血栓溶解+内科治療で改善できる可能性も
✅ 迷わず早期に専門病院へ相談を!
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