後肢麻痺の猫(症例No.6)
症例
猫(雑種)、9歳、避妊♀
主訴
夕方から両側後肢が突然麻痺したとの主訴で来院しました。
シグナルメント
体重:4.0kg、直腸温:36.4度、心拍数:143回/分、呼吸数:48回/分、呼吸様式:正常
検査所見
身体検査所見:両後肢は完全に麻痺しており、痛覚反射と位置覚反射の消失、後肢先端の冷感とチアノーゼが確認されました。
聴診:心雑音は聴取されませんでした。
胸部X線検査(図1):ラテラル像でVHSは8.3であり正常範囲内であったが、腹臥位像では心陰影の拡大が疑われました。
心エコー図検査(図2):左心房は重度に拡大しており、左室自由壁の肥厚が確認されました。
血液検査:CKP(>2000U/L)とNT-proBNP(>1500pmol/L)が著増していました。また、血栓症マーカーであるDダイマー(1.38 μg/mL)は正常範囲でしたが、TAT(0.437 ng/mL)は軽度な上昇を示していました。その他の検査所見には異常はみられませんでした。
診断
本例は心室壁が肥厚していることから肥大型心筋症と診断し、重度な左心房拡大があることからうっ血性心不全のリスクがあると判断しました。また、腹大動脈ならびに股動脈内の明らかな血栓塞栓は確認できませんでしたが、臨床徴候と血液検査所見から心筋症に続発した動脈血栓塞栓症と診断しました。
治療
本例は血栓症の発症から間もないことから、入院して内科治療による血栓溶解療法を試みました。治療では血栓溶解剤(クリアクター)の静脈投与に続き、血管拡張薬のhANPと高凝固剤のヘパリンを持続点滴投与しました。
経過
しかし、これ以上の入院治療および血栓溶解治療には効果が期待できないことから血管拡張薬(アラセプリル)、利尿薬(トラセミド)、強心薬(ピモベンダン)、抗凝固剤(イグザレルト、ハートアクト)を処方し、自宅療養を行うことにしました。第9病日の再診時には後肢の状態はかなり改善しており、各反射は正常に戻り、後肢を使って歩いたりジャンプもできるようになっていました(図3)。
超音波検査においても左心房径の縮小が認められ、治療経過は良好と判断しています(図4)。現在は内科治療を継続しています。
コメント
猫の動脈血栓塞栓症は心不全に続発することが多く、適切な治療を行っても改善しないケースや動脈血栓塞栓症の合併症によって死に至ることも多い疾患です。本例では動脈血栓塞栓症の合併症がみられず、血栓溶解剤が奏功したため運よく命を取り留め後肢の機能も正常に回復することができました。