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若齢猫の腹膜心膜横隔膜ヘルニア:外科的整復による治療【症例紹介】

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はじめに

猫の呼吸が速い・胸に影がある…それは先天性ヘルニアかもしれません

「子猫の呼吸が浅い」「レントゲンで心臓が大きいと言われた」
そんなときに疑うべき疾患の一つが、**腹膜心膜横隔膜ヘルニア(PPDH)**です。

今回は、2ヶ月齢のマンチカンで偶然発見された先天性PPDHを外科的に整復した症例をもとに、
診断・手術・経過について詳しくご紹介します。

 

症例紹介

症例:猫(マンチカン)、2ヶ月齢、♀

主訴

本例は元気食欲の低下と呼吸が速いため、精査を希望してご来院されました。

シグナルメント

  • 元気・食欲:異常なし
  • 体重:700 g
  • 呼吸数:60回/分
  • 呼吸様式:軽度な努力性呼吸

 

検査所見

聴診: 心雑音や呼吸音の異常は聴取されませんでした。

胸部X線検査(図1)

  • 心陰影の重度拡大
  • 心臓と横隔膜の境界が不明瞭 → PPDHを強く疑う

ラテラル像および仰臥位像では心陰影の重度な拡大が認められました。また、心陰影と横隔膜の陰影が接触し、境界が不明瞭であることから腹膜心膜横隔膜ヘルニアを疑いました。

 

超音波検査

  • 心臓の隣に充実性構造物あり
    肝臓など腹部臓器が心膜内に嵌入している所見

心臓の真横に充実性の構造物が認められ、腹部臓器が心膜内に嵌入していることが示唆されました(図2の左図)。

診断

上記の検査所見から、腹膜心膜横隔膜ヘルニアと診断しました。

 

治療

成長を待ってからの外科的整復

本例は若齢であることから先天的な疾患であると考え、寿命やQOLなどを考慮して外科的治療を選択いたしました。初診時には体重が1㎏未満であったことから、体の成長を待って手術を行うことにしました。また、成長を促すため食餌量を増やしたところ、第44病日には体重が1.5kgになったことから手術を行いました。


手術では腹部正中切開にて横隔膜にアプローチを行いました。

手術時の所見ではヘルニア孔に肝臓ならびに胆嚢が嵌入していました。

用手にて肝臓を整復しようと試みましたが肝臓と心膜が癒着しており(図3)、腹側からのアプローチでは整復できないと判断しました。

このため急遽術式を変更し、胸部まで切開し心膜を反転させることで嵌入している肝臓は腹部に戻すことができました。

さらに胸腔側から横隔膜に癒着した心膜同士を縫合し、腹部臓器と胸腔の中隔を形成しました(図4)。

その後、定法にて閉胸し、手術を終了しています。

 

経過

  • 呼吸・活動性:正常化
  • 超音波検査:心臓と肝臓が完全に隔てられた状態
  • 胸部X線:心陰影の正常化・肺野拡張
  • 現在は無治療で経過観察中

術後の経過は良好であり、呼吸状態や活動性に異常は見られていません。超音波検査では心臓の形は正常となり、心膜によって構成された隔壁によって心臓と肝臓は隔てられています(図2の右図)。また、胸部X線検査では心陰影が正常サイズに戻っており、肺野領域が拡張しています(図5)。現在は無治療で経過観察としています。

飼い主様へのメッセージ

「うちの子は元気だし、見た目は異常がない」
でも、先天性の疾患は無症状のまま進行することもあります。

特に若齢で呼吸が速い・胸部X線に異常影がある場合は、
腹膜心膜横隔膜ヘルニアの可能性を視野に入れた診断が重要です。

手術を適切な時期に行うことで、その後の生活の質が大きく改善されます。
早期発見・早期治療が何よりも大切です。

 

コメント

本疾患は比較的稀な疾患であり、臨床症状が認められなければ成猫になってから偶発的に発見されることもあります。今回は若齢であったことから早期の手術をおこないました。高齢になってから発見された場合には術後に合併症を発症するリスクが高いので経過観察としています。

 

よくある質問(FAQ)

Q1. PPDHは自然に治ることはありますか?

 A1. いいえ。自然治癒はせず、手術による整復が必要です。

 

Q2. 子猫でも手術はできますか?

 A2. 体重や体力を考慮して時期を調整すれば、安全に実施可能です。

 

Q3. 胸部X線だけで診断できますか?

 A3. 可能性は示唆できますが、確定には超音波検査やCT検査が有効です。

 

まとめ

猫のPPDHは、早期発見で根治可能な先天性疾患

✅ 呼吸が速い・胸に影がある子猫は要注意
✅ 腹膜心膜横隔膜ヘルニアは外科的整復が有効
✅ 成長を待って安全な手術を行うことで、良好な予後が得られる
✅ 無症状でも、早期診断で猫の将来を守れます

 

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Author

院長 獣医師 獣医循環器学会認定医 アジア獣医内科専門医(循環器)

Director D.V.M., Ph.D.Yasutomo HORI

プロフィール

2001年
北里大学獣医畜産学部獣医学科 卒業
2001年4月-
2005年3月
小儀動物病院 勤務
2005年
北里大学獣医畜産学部小動物第3内科 助手
2007年
北里大学獣医学部小動物第3内科 助教
日本獣医循環器学会認定医 取得
2009年
博士(獣医学)取得
2010年
北里大学獣医学部小動物第2内科 講師
2015年
北里大学獣医学部小動物第2内科 准教授
2016年
酪農学園大学伴侶動物内科学IIユニット准教授・循環器科診療科長
2020年
大塚駅前どうぶつ病院 心臓メディカルクリニック 院長
2021年
アジア獣医内科専門医(循環器) 取得

役職

  • 日本獣医循環器学会 理事(2017年~)
  • さっぽろ獣医師会 理事(2019年~2020年)
  • どうぶつ検査センター株式会社 アドバイザー(2020年~)
  • VMN コンサルタント(2020年〜)
  • 動物臨床医学会 循環器分科会企画実行委員 (2024年~)

所属学会

  • 日本獣医循環器学会

大学教員として、犬や猫の心臓病および心不全の診断・治療に関する研究に数多く携わってきました。
また、獣医師向けの各種セミナーで講師を務めるほか、獣医関連の雑誌や書籍の執筆にも精力的に取り組んでいます。
これまでの経験を活かし、飼い主様と動物に寄り添う獣医療を提供いたします。

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