疾患の解説

血栓塞栓症

目次

はじめに

血液中で形成された血液のかたまりを血栓と言います。血栓症とは血栓が血管を閉塞し、血流を遮断することで末梢の臓器障害を引き起こす病態を指します。また、血栓が血流によって流され、形成部位と離れた場所で血管を閉塞する病態を塞栓症と言います。
犬猫の血栓塞栓症は主に血液成分の異常や血流の停滞に続発し、血栓が大血管や四肢の血管を塞栓します。重症例では重度な機能障害や組織障害が起こり、死に至ることがあるため迅速な診断と救急処置が求められます。

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原因

血栓塞栓症の発生機序には血管壁の障害、血液成分の異常、血流の停滞が挙げられ、以下に示す様々な疾患が原因となります。

この中で、犬では蛋白漏出性疾患、腫瘍、炎症性疾患、副腎皮質機能亢進症などが主な原因ですが[1]、猫では心筋症が原因の約半数を占めています[2]

好発部位
血栓塞栓症の好発部位は腹大動脈や大腿動脈ですが、この他にも肝門部や脾静脈、後大静脈などにも発生することがあります[3]-[5]

 

症状

全身状態
症状は塞栓部位によって様々ですが、初期には塞栓領域の四肢のしびれ、痛み、麻痺が現われます。特に、腹大動脈の血栓塞栓症では一般的に後肢の突然の麻痺・機能不全に加え、激しい痛みによる興奮がみられ、重度な場合には四肢末端が冷たくなり直腸温は低下しています[6][7]罹患肢の肉球や爪床は血流低下のために暗紫色に変色しています(図1)。
血栓塞栓症の猫では頻呼吸(91%)、低体温(66%)、罹患肢の運動不全(66%) などが高率にみられます[2]また、心不全を併発している場合には呼吸困難を伴うこともあります。

 

 

 

自宅での確認法
血栓症の発症を事前に予測することは困難であり、多くは突然発症します。

  • 突然の手足の麻痺(図2)
  • 罹患肢を触ると痛がる
  • 罹患肢が冷たい
  • 呼吸が早い

症状を動画で確認する(症例1)
症状を動画で確認する(症例2)

 

 

 

診断

血液化学検査

血栓塞栓症では高血糖、尿毒症、骨格筋酵素(クレアチンキナーゼ) の上昇などがみられます[2]また、血栓症の原因が心疾患である場合には心臓バイオマーカー(ANPやNT-proBNP) は著増しています。

 

超音波検査

カラードプラ検査では腹大動脈ならびに大腿動脈における血流障害の有無を特定することが可能です(図3・A)。また、血管内に血栓を示唆する塊を認めることもあります(図3 B・C)。
猫の心筋症は血栓塞栓症の主な原因疾患であることから、心エコー図検査を通して心不全の有無や血栓症のリスクを把握する必要があります。特に重度な左心房拡大やもやもやエコーは動脈血栓塞栓症のリスクが高まっていることを示唆しています[6]-[8]

 

 

 

 

 

 

治療

抗凝固療法

重度な左心房拡大やもやもやエコーがみられる猫では血栓症の発症リスクが高いため、抗凝固療法を通して血栓の発生を抑制します。抗凝固療剤には未分画ヘパリンや低分子ヘパリンが知られています。低分子ヘパリンは猫の体内での代謝が早く[10]、犬では十分な抗凝固効果が確認されていないので[11]本院では未分画ヘパリンを用いて治療しています。その他、経口薬として血小板凝集を抑制するクロピドクレルや血液凝固を阻害するワルファリンなどを使用しています。
抗凝固療法は副作用が少ないため第1選択となっていますが、一方で大きな血栓の場合には治療効果は期待できないという側面もあります。

 

血栓溶解療法

血栓塞栓症にはウロキナーゼと組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)製剤の2種類があり、いずれも血栓の中で産生されたプラスミノーゲン‐フィブリン複合体に結合して血栓を分解します。t-PA製剤は血栓溶解効果が高い反面、猫では尿毒症や高カリウム血症などの重篤な合併症も高率に出現するため[9]、使用には慎重な判断が求められます。

 

血栓除去手術

血栓溶解療法によって血流が再開しない場合には罹患肢(後肢)の麻痺や壊死が残る可能性があります。このため、当院では積極的な治療法の一つとして血栓を手術で除去する治療を行っています。ただし、この手術は血栓の発症から早期(3日目以内)に実施する必要があり、手術までの時間が遅くなるほど機能障害の残る可能性が高くなります。また、手術には麻酔のリスクや術後の合併症など大きなリスクを伴います。詳しくはこちら

 

 

予後

本院では短期・長期的なQOL の改善を期待し、血栓溶解療法を積極的に行っています。しかし、血流が回復しない場合には罹患肢が壊死することがあります。また、入院治療後の生存率は血栓溶解療法の有無にかかわらず30~40%であり[2][12]動脈血栓塞栓症を発症した肥大型心筋症猫の平均生存期間は61~184日であると報告されています7

血栓塞栓症の多くは突然発症するため、事前に予測することは困難であり、基礎疾患の管理が重要となります。特に、猫の心筋症では血栓塞栓症を合併するリスクが高いので、定期的な検査が不可欠です。血栓塞栓症について気になることやご心配がある場合は、お気軽に本院にご相談ください(ただし、電話相談のみは受け付けていません)。

 

参考文献

  1. Ruehl M, Lynch AM, O’Toole TE, et al. Outcome and treatments of dogs with aortic thrombosis: 100 cases (1997-2014). J Vet Intern Med 2020;34:1759-1767.
  2. Smith SA, Tobias AH, Jacob KA, et al. Arterial thromboembolism in cats: acute crisis in 127 cases (1992-2001) and long-term management with low-dose aspirin in 24 cases. J Vet Intern Med 2003;17:73-83.
  3. Respess M, O’Toole TE, Taeymans O, et al. Portal vein thrombosis in 33 dogs: 1998-2011. J Vet Intern Med 2012;26:230-237.
  4. Palmer KG, King LG, Van Winkle TJ. Clinical manifestations and associated disease syndromes in dogs with cranial vena cava thrombosis: 17 cases (1989-1996). J Am Vet Med Assoc 1998;213:220-224.
  5. Laurenson MP, Hopper K, Herrera MA, et al. Concurrent diseases and conditions in dogs with splenic vein thrombosis. J Vet Intern Med 2010;24:1298-1304.
  6. Rush JE, Freeman LM, Fenollosa NK, et al. Population and survival characteristics of cats with hypertrophic cardiomyopathy: 260 cases (1990-1999). J Am Vet Med Assoc 2002;220:202-207.
  7. Atkins CE, Gallo AM, Kurzman ID, et al. Risk factors, clinical signs, and survival in cats with a clinical diagnosis of idiopathic hypertrophic cardiomyopathy: 74 cases (1985-1989). J Am Vet Med Assoc 1992;201:613-618.
  8. Schober KE, Maerz I. Assessment of left atrial appendage flow velocity and its relation to spontaneous echocardiographic contrast in 89 cats with myocardial disease. J Vet Intern Med 2006;20:120-130.
  9. Welch KM, Rozanski EA, Freeman LM, et al. Prospective evaluation of tissue plasminogen activator in 11 cats with arterial thromboembolism. J Feline Med Surg 2010;12:122-128.
  10. Alwood AJ, Downend AB, Brooks MB, et al. Anticoagulant effects of low-molecular-weight heparins in healthy cats. J Vet Intern Med 2007;21:378-387.
  11. Scott KC, Hansen BD, DeFrancesco TC. Coagulation effects of low molecular weight heparin compared with heparin in dogs considered to be at risk for clinically significant venous thrombosis. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio) 2009;19:74-80.
  12. Laste NJ, Harpster NK. A retrospective study of 100 cases of feline distal aortic thromboembolism: 1977-1993. J Am Anim Hosp Assoc 1995;31:492-500.
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