疾患の解説

腹水

目次

はじめに

腹腔は横隔膜や腹筋、骨盤から構成される腹壁の内腔であり、腸や肝臓・腎臓などを収めている器の部分を指します。腹壁の内側面には中皮細胞に覆われた腹膜という薄い膜があり、健康な動物では主にこの腹膜から腹水が産生されています。腹水は内臓同士の摩擦を少なくする潤滑油のような役割を果たしており、周囲の毛細血管やリンパ管などから吸収されます。

何らかの原因により腹水の産生量が増えるか吸収量が低下すると、腹腔内に腹水が貯留します。この他に内臓破裂による尿や血液の貯留も腹水に含みます。腹水は軽度であれば苦しくないですが、重症例では呼吸が障害されて生活の質が低下するため、適切な処置が必要となります。

 

腹水の原因

  • 心不全
  • 低アルブミン血症
  • 炎症・感染
  • 腫瘍
  • 出血
  • 乳ビ
  • 尿

犬の腹水の主な原因は心不全、腫瘍性疾患、低アルブミン血症(腸疾患、肝疾患)などが挙げられます。猫の腹水は心不全、腫瘍性疾患、肝疾患、腎疾患、猫伝染性腹膜炎の順で多く発生します[3]

 

腹水の症状

小量の場合:臨床徴候はありません。

多量の場合:

  • 腹囲膨満
  • 急激な体重増加
  • 努力性呼吸
  • 運動不耐
  • 食欲不振
  • 沈うつ

腹腔内に多量の腹水が貯留するとお腹がパンパンに膨れ(図1)、胃や横隔膜が圧迫されるため食欲の低下や努力性呼吸がみられます[3]

 

 

腹水の診断

1. 一般身体検査

少量の腹水では特に異常所見はみられませんが、多量の腹水では腹囲膨満に加え急激な体重増加がみられ、呼吸困難を伴います3。その他にも基礎疾患によって様々な徴候が認められます。心不全に起因する腹水の場合は中心静脈圧の上昇によって肝臓の腫大(うっ血肝)や頚静脈の怒張が生じます。また、心不全や低アルブミン血症に伴う腹水では皮下浮腫を伴うことがあります。出血性腹水の場合は貧血や出血性ショックによる虚脱が認められます。

 

2. 腹部X線検査

X線検査では少量の腹水を診断できません。これに対し、多量の腹水はX線検査で白く描出されるため、腹水が貯留していると肝臓や腎臓などの腹部臓器が見えなくなってしまいます (図2)。心不全に起因した腹水ではうっ血肝に伴う肝臓の腫大が認められます(図3)。

図2. 正常犬ならびに腹水貯留犬の腹部X線検査所見
左図:正常犬では腹部の肝臓、脾臓、腎臓、膀胱などの腹部の主要臓器のシルエットを確認することができる。
右図:多量の腹水によって腹部全体の不透過性は亢進し主要臓器のシルエットが不明瞭となり、腸管内のガス陰影のみが認められる擦りガラス様陰影となる。

 

図3. うっ血性心不全犬の初診時と第180病日のX線検査所見
左図:初診時の肝陰影(赤点線)は正常であり、肝腫大は認められなかった。
右図:第180病日に腹囲膨満を主訴に再来院した。腹水は1600ml貯留しており、腹水抜去後に再検査を行ったところ、初診時と比較して腫大した肝臓(赤点線)が確認された。

 

3. 超音波検査

少量の腹水:超音波検査ではX線検査で写らない少量の腹水を検出することができ、横隔膜と肝臓の間や肝臓と胃の間などが好発部位と報告されています(図4)[4]

多量の胸水:腹腔全体に無エコー領域が描出され、腸管が浮遊しているようにみえます(図4)。特に、心不全に起因した腹水ではうっ血肝による中心静脈や肝静脈の拡大が認められます(図4)。また、心臓超音波検査では心不全の原因を診断することが可能であり、近年では肺高血圧症が最も頻繁に診断されています。

その他、腹水の原因を精査するため肝臓・胆嚢、脾臓、膵臓、腎臓、腸管、リンパ節、膀胱などの腹部の主要臓器をスクリーニングし、腫瘍を始めとする疾患を精査します。

図4. 腹水貯留を示す超音波検査所見
左図:この症例では肝臓の頭側ならびに尾側にわずかな無エコー領域を認め、少量の腹水貯留が診断された。また、中心静脈ならびに肝静脈は拡張しており、重度のうっ血肝であることが示唆される。
CVC: 中心静脈、PV: 肝静脈、GB: 胆嚢
右図:この症例では腹部全体に無エコー領域を確認でき、小腸が腹水中に浮遊してみえる。多量の腹水貯留が診断された。

 

4. 腹水の性状検査

腹水は蛋白濃度や有核細胞数などから以下の6つに大別することができ、性状を調べることは原因の絞り込みに役立ちます[1]

・漏出液 (蛋白濃度≦2.5g/dl、有核細胞数≦1.5×10³/μl)
心不全*: 心筋症(猫)フィラリア症(犬)右心不全、肺高血圧症
低アルブミン血症**: 肝不全(慢性肝炎、肝硬変)、蛋白漏出性腸症、糸球体腎症など
*心不全による腹水は中心静脈圧が15mmHgを超えると発生する(通常は0~5mmHg)。
**低アルブミンが単独で胸水・腹水を誘発するのは1.0g/dl以下

・変性漏出液 (蛋白濃度≦2.5~7.5g/dl、有核細胞数≦1.0~7.0×10³/μl)
心疾患、肝不全、腫瘍、猫伝染性腹膜炎

・滲出液 (蛋白濃度≧3.0g/dl、有核細胞数≧7×10³/μl)
腸管穿孔、猫伝染性腹膜炎、膵炎、胆嚢破裂、腹膜炎、DICなど

・血腹 (PCV>10%)
外傷、内臓破裂・穿孔、腫瘍(脾臓破裂、肝臓破裂)

・乳び (乳白色で、腹水中の中性脂肪が血清よりも高値)
リンパ管の閉塞・破裂(腫瘍、リンパ管拡張症など)

・尿 (腹水中クレアチニン濃度が血清クレアチニン濃度の4倍以上)
尿管・膀胱の破裂

 

腹水の治療

腹腔穿刺 (第1選択)

細い針をおなかに穿刺し、腹腔内に溜まった液体を抜去します。症状は劇的に改善するため、呼吸困難や元気・食欲の低下がみられる際には第1選択です。

 

基礎疾患の治療

  • 心不全
    心不全治療として利尿薬や強心薬、血管拡張薬を使用します。特に、肺高血圧症が合併している場合にはシルデナフィルやベラプロストNaなどの肺血管拡張薬を使用します。
  • 腫瘍
    原因によって治療法は異なりますが、病状によっては手術や抗がん剤、分子標的薬などを検討します。
  • 低アルブミン血症
    原因疾患によって治療内容は異なるため、精査が必要です。
  • 感染・炎症
    原因によって治療法は異なりますが、膵炎や胆嚢炎の場合には消炎剤と輸液療法などを組み合わせて治療します。
    猫伝染性腹膜炎では消炎剤やイトラコナゾール[5][6]を使用します。近年ではMutianという治療薬が利用可能ですが、2022年現在では国内で承認されておらず入手には高額な費用がかかります。

 

腹水の予後

腹水貯留の予後は原因疾患によって様々ですが、一般的な予後は良くありません。

肝不全の場合
肝炎や肝硬変に起因する腹水の予後は非常に悪く平均生存期間は約22日と報告されています[1][7]

癌性腹水の場合
腫瘍性疾患に起因した腹水の予後は原因疾患の重症度に影響されますが、非常に悪いと考えられます。


腹水を伴う猫の予後は原因によって様々ですが、平均生存期間は21日であったことから3、一般的な予後は比較的悪いと推察されます。

腹水の原因は心不全以外にも様々な疾患が考えられます。従って、適切な診断と治療が不可欠であります。また、腹水を伴う疾患では予後の悪いことが多いため、治療が困難な場合には「苦しまずにご自宅で過ごせる事」を目標に治療法を検討していきます。腹水について気になることやご心配がある場合は、早急に本院へご相談ください(ただし、電話相談のみは受け付けていません)。

 

参考文献

  1. Dempsey SM, Ewing PJ. A review of the pathophysiology, classification, and analysis of canine and feline cavitary effusions. J Am Anim Hosp Assoc 2011;47:1-11.
  2. Pembleton-Corbett JR, Center SA, Schermerhorn T, et al. Serum-effusion albumin gradient in dogs with transudative abdominal effusion. J Vet Intern Med 2000;14:613-618.
  3. Wright KN, Gompf RE, DeNovo RC, Jr. Peritoneal effusion in cats: 65 cases (1981-1997). J Am Vet Med Assoc 1999;214:375-381.
  4. Lisciandro GR, Fosgate GT, Romero LA, et al. The expected frequency and amount of free peritoneal fluid estimated using the abdominal FAST-applied abdominal fluid scores in healthy adult and juvenile dogs. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio) 2021;31:43-51.
  5. Doki T, Toda M, Hasegawa N, et al. Therapeutic effect of an anti-human-TNF-alpha antibody and itraconazole on feline infectious peritonitis. Arch Virol 2020;165:1197-1206.
  6. Kameshima S, Kimura Y, Doki T, et al. Clinical efficacy of combination therapy of itraconazole and prednisolone for treating effusive feline infectious peritonitis. J Vet Med Sci 2020;82:1492-1496.
  7. Webster CRL, Center SA, Cullen JM, et al. ACVIM consensus statement on the diagnosis and treatment of chronic hepatitis in dogs. J Vet Intern Med 2019;33:1173-1200.
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