疾患の解説

犬のフィラリア症(犬糸状虫症)

目次

はじめに

フィラリア症とは中間宿主である蚊(アカイエカやヒトスジシマカなど)によって媒介される伝染病であり、犬糸状虫(Dirofilaria immitis)が終宿主である犬の心臓や肺動脈に寄生する疾患です。多数寄生や慢性感染の場合には肺動脈を障害し、呼吸困難や激しい咳、腹水などの右心不全徴候を引き起こします。この他にも腎不全や肝硬変などを引き起こす恐ろしい病気です。ちなみに、稀に猫にも感染し、呼吸器症状など重篤な症状を引き起こすため、猫でもフィラリア予防が推奨されています。

本疾患は予防薬(イベルメクチン)の発見・普及により急速に減少していますが、毎年正しくと予防していなければほぼ100%感染してしまいます。本疾患は治療することも可能ですが、確実な予防により防ぐことができるため、毎年の予防を推奨しています。

 

犬糸状虫

成虫は乳白色で非常に細長く、体長は10~25cm、体幅は1.0~1.5 mmほどになります。雄の方が雌よりも小さく、尾部は螺旋状に巻いているのが特徴です。雌が出産するミクロフィラリア(第1期幼虫)は体長0.3mm前後であり、顕微鏡で確認することができます。成虫の寿命は3~5年といわれています。

 

感染環

1.犬から蚊へ感染

雌雄のフィラリアが寄生している犬の体内ではミクロフィラリアと呼ばれる1期幼虫が産まれ、全身の血液を循環しています。この犬の血液を吸引した蚊(中間宿主)の体内ではミクロフィラリアが成長します。

 

2.蚊の体内で感染力を獲得

蚊の体内でのミクロフィラリアの成熟期間は外気温に依存し、平均気温<14℃だと成長できません。一方、外気温が14℃を超えると、蚊の体内で成長することができ[1]、第3期幼虫になると感染力を獲得します。また、ミクロフィラリアは暖かいほど早く成長します[1]。次に、フィラリア幼虫を保有した蚊が他の犬を吸血する際に、第3期幼虫が犬の体内に侵入(感染)します。

 

3.犬の体内で成虫になり、ミクロフィラリアを出産

犬に侵入したフィラリア幼虫は感染10日後には第4期幼虫に成長し、感染65日後には第5期幼虫となり肺動脈に寄生します。感染120日後には性成熟に達し、感染6~7ヶ月後にはミクロフィラリアを出産し、末梢血中へ放出します[2]

 

 

フィラリア症の症状

初期で少数寄生の場合は無徴候ですが、多数寄生や慢性感染の場合にはフィラリア症による肺血管障害によって肺高血圧症を引き起こすため、右心負荷の程度に応じて右心不全徴候が現われます。

 ・収縮期雑音・ギャロップリズム
 ・労作時呼吸困難
 ・胸水に伴う呼吸困難
 ・腹水・腹囲膨満
 ・元気・食欲の低下
 ・頸静脈怒張
 ・皮下浮腫

フィラリア成虫は主に肺動脈に寄生していますが、右心房や右心室に移動するとベナケバ症候群を起こし(図2)、以下のような徴候が急速に現れます。

 ・虚脱・ショック
 ・重度の溶血性貧血
 ・血尿
 ・黄疸

その他、フィラリア症の合併症として腎障害、肝障害、皮膚疾患などの発生することがあります。

 

 

フィラリア症の診断

  1. 血液検査

血液検査では犬糸状虫の感染を調べることができます。検査法には直接法や抗原検査法があり、以下のような違いがあります。

 ・直接法(集中法)
血液中のミクロフィラリアを顕微鏡で探します。ただし、単性寄生の場合や感染初期でミクロフィラリアが産まれていない場合には偽陰性となります。

 ・抗原検査法
 血液中のフィラリア抗原を検査キットで検出するため、診断精度が高い検査です。ただし、感染してから7ヶ月目までは偽陰性となることがあります。本院では抗原検査を実施しています。

 

  1. 胸部X線検査

胸部X線検査ではフィラリア症による肺高血圧症や右心不全の重要度に一致した変化を認めます(図3)。

 ・肺野の気管支パターン及び結節性間質パターン
 ・心拡大
 ・主肺動脈の膨隆
 ・腹部膨満ならびに不透過性の亢進

これらの所見がみられない場合には軽症と判断することができます。

図3. フィラリア症に罹患した犬のX線検査所見
左図: VD像では肺動脈の突出が認められる。
右図: ラテラル像では腹部全体の不透過性が亢進しており、肝臓や腎臓などの腫瘍臓器が不鮮明となっていることから、腹水貯留が示唆される。

 

  1. 心エコー図検査

●フィラリア成虫の診断

心エコー図検査では主肺動脈や右心系に寄生するフィラリア成虫を診断することができます。フィラリア成虫の超音波所見は数学の等号(=)に似ているためイコールサインと呼ばれ、成虫が肺動脈や右心系に局在していることを証明します(図4)。ただし、少数寄生や肺動脈の末端に寄生している場合には検出できません。また、イコールサインの数とフィラリア成虫の感染数は一致しませんが、一般的にイコールサインが多数みられる場合には多数の成虫が感染しています。

●肺高血圧症の重症度

多数寄生の場合にはほぼ確実に肺高血圧症による右心不全を合併します。このため心エコー図検査では肺高血圧症の重症度に一致した所見を評価しています(図4)。

 ・肺動脈の拡大
 ・右心室内腔の拡大
 ・三尖弁逆流
 ・うっ血肝による中心静脈・肝静脈の拡大
 ・腹水貯留

図4. フィラリア症に罹患した犬の心エコー図検査所見
左図: 長軸四腔断面像では右心房ならびに右心室内にフィラリア成虫を示唆するイコールサイン(赤矢印)が認められる。右心房・右心室は共に拡大している。
右図: 心基底部短軸断面では右心房ならびに右心室内に加え、肺動脈内にもイコールサイン(赤矢印)が認められる。肺動脈は大動脈と比べ重度に拡大しており、肺高血圧症が示唆される。
Ao: 大動脈、LA; 左心房、 LV; 左心室、RA; 右心房、 RV; 右心室.

 

フィラリア症の予防

  1. 外気温が14℃を超え始めたら予防開始

上述の通り、外気温が14℃を超え始めたらフィラリア予防を開始する必要があります。フィラリア症は地域によりますが、東京では温かくなって蚊が発生する5月から寒くなって蚊の活動が減る12月頃まで感染する危険があります。特に、ベクターとなる蚊の活動が活発な夏場は感染しやすくなるため確実な予防が必要です。*本院では5月から12月までの予防を推奨していますが、地域・気候によっては4月からの予防が必要です。

  1. 1ヶ月毎の定期的な予防が不可欠

フィラリア予防といっても、実際には犬の体内に侵入したフィラリア幼虫をお薬で駆除しています。つまり、一度駆除しても予防を怠れば何度でも感染してしまいます。経口薬やスポットオンタイプの予防薬はいずれも第4期幼虫までに有効なので、30日間隔で投与しないと幼虫が成長し効果が低下します[3]。したがって、定期的な予防の実施が不可欠となります。

  1. ライフスタイルに合った予防薬の選択

現在では錠剤の他に、注射薬や嗜好性を高めたチュアブルなど様々な予防薬があり、生活スタイルやペットの体質に合った予防法を選ぶことができます。

 

フィラリア症の治療

フィラリア症に一度感染した場合、成虫の駆除には駆虫薬や手術による摘出が必要です。しかし、駆虫薬は死亡した成虫が肺血管を急激に塞栓するため多数寄生の場合には推奨されません。また、手術に必要なアリゲーター鉗子は現在生産されておらず、手術は大変困難となります。したがって、フィラリアに感染しないように予防薬を定期的に投与し、確実に予防することが大切です。

 

内科治療

・砒素剤(メラルソミン)
成虫を駆除する薬剤ですが、現在国内では入手できません。

大環状ラクトン(イベルメクチン、モキシデクチン、ミルベマイシン)
これらの薬剤は4期幼虫までを駆除することができますが、5期幼虫から成虫には効果がありません。少数寄生の場合には定期的な予防を実施しながら成虫の寿命を待つslow-killが主流となっていますが、成虫の95%が死滅するまでに2年以上の継続投与が必要です[2]。イベルメクチン単独で治療した場合には2年後も約30%の症例で抗原検査が陽性でした[4]。ただし、イベルメクチンはコリー系の犬種でショックを起こすために禁忌です。

・ドキシサイクリン
ドキシサイクリンは抗生剤の一種であり、フィラリアと共生関係にある細菌(ボルバキア)に対して抗菌的に作用します。フィラリア症ではボルバキアの主要表面タンパク質に対する生体の免疫反応によって肺や腎臓の組織を障害するという仮説があり、ボルバキアを除去することで組織障害を抑制できると期待されています。また、ボルバキアを除去することによりフィラリアは死亡するか生殖不能となることが報告されています[5]

・Combination slow-kill法
大環状ラクトン(イベルメクチンまたはモキシデクチン)とドキシサイクリンを組み合わせた治療法であり、米国犬糸状虫学会では以下の用法で治療を推奨しています[2]。ただし、このプロトコールの安全性及び長期の有効性は確立されていません。

1. イベルメクチンまたはモキシデクチンの30日毎の投与
        ドキシサイクリン(10 mg/kg),1日2回,4週間の投与

2. 治療開始後は6ヶ月おきに抗原検査を実施する。

3. 治療開始後1年が経過しても抗原陽性の場合は、ドキシサイクリン治療を再度実施する。

4. 成虫殺滅効果が得られるまでに、12ヶ月以上かかることがある。

 

外科治療

アリゲーター鉗子による吊り出し術は肺動脈基部・右心系に虫体が存在する症例が適応となります。本手術は頚部の静脈から心臓内のフィラリア成虫を摘出できるため、比較的侵襲が少ない治療法ですが、現在は鉗子が生産されていないので実施することができません。

 

フィラリア症の予後

少数寄生の場合や早期に治療した場合の予後は良好で、通常の生活が可能となります。一方、右心不全を合併している症例では継続的な心不全治療が必要となります。特に重度な肺高血圧症を併発している例では術後に心不全状態が改善しないことがあり、この場合の予後は非常に悪くなります。

ベナケバ症候群を発症している症例は外科的治療によってショック症状の改善が期待できますが、後遺症として心不全が残ることがあります。

 

参考文献

  1. Knight DH, Lok JB. Seasonality of heartworm infection and implications for chemoprophylaxis. Clin Tech Small Anim Pract 1998;13:77-82.
  2. Current Canine Guidelines for the Prevention, Diagnosis, Diagnosis, and Management of Heartworm (Dirofilaria immitis): American Heartworm Society, 2018.
  3. Paul AJ, Todd KS, Jr., Sundberg JP, et al. Efficacy of ivermectin against Dirofilaria immitis larvae in dogs 30 and 45 days after induced infection. Am J Vet Res 1986;47:883-884.
  4. Venco L, McCall JW, Guerrero J, et al. Efficacy of long-term monthly administration of ivermectin on the progress of naturally acquired heartworm infections in dogs. Vet Parasitol 2004;124:259-268.
  5. Hoerauf A, Mand S, Fischer K, et al. Doxycycline as a novel strategy against bancroftian filariasis-depletion of Wolbachia endosymbionts from Wuchereria bancrofti and stop of microfilaria production. Med Microbiol Immunol 2003;192:211-216.

 

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