疾患の解説

腹膜心膜横隔膜ヘルニア

目次

はじめに

腹膜心膜横隔膜ヘルニア(Peritoneopericardial Diaphragmatic Hernia; PPDH)は心膜横隔膜ヘルニアとも呼ばれ、横隔膜が正常に形成されず心臓を包む薄い膜(心膜)と結合することで腹部臓器が心膜内に移動してしまう先天性疾患です。発生は非常に稀で、通常は症状が軽いため偶発的に発見されますが、重症例では呼吸器症状、消化器症状、発育障害や肝障害を引き起こすことがあります。PPDHは胸部X線検査や超音波検査を用いて診断することができ、治療には外科的手術が必要となります。

発生

横隔膜は哺乳類の胸腔と腹腔を隔てる横紋筋性の膜様構造物であり、収縮・弛緩を通して呼吸調節を行っています。ちなみに、焼き肉のメニューにある「サガリ(ハラミ)」は牛の横隔膜のことです。この横隔膜の一部が先天的に形成されない場合や後天的に事故や外傷によって横隔膜が割けることで生じた開口部をヘルニア孔と呼び、これを通して腹腔臓器が胸腔内に脱出した状態を横隔膜ヘルニアと言います。横隔膜ヘルニアの中で先天的に横隔膜が胸骨に癒合せずに、心膜(心臓を包む薄い膜)と横隔膜が直接連結している場合にPPDHと分類します。Burns(2013)らは、猫におけるPPDHの発生率は0.062%であり、犬では0.015%であると報告しており、犬よりも猫の発生が多いようです。また、猫では長毛のヒマラヤンやメインクーンで多く発生する傾向があります[1,2]。

症状

過去の報告ではPPDHの犬猫の内、約半数は偶発的に診断されているため3、多くの症例では症状がみられないか非常に軽症であると考えられます。欠損孔が小さい場合は無症状ですが、欠損孔が大きい場合には脱出臓器の種類や程度によって様々な症状がみられます。PPDHでは呼吸困難、頻呼吸、咳などの呼吸器症状、食欲不振、嗜眠、嘔吐・下痢などの症状がみられ、努力性呼吸と頻呼吸は最も多い症状です[1,3]。ただし、これら症状のほとんどは間欠的であり本疾患に特徴的な症状とは言えません。また、腸管が陥頓した場合には急性の強い嘔吐がみられ、肝臓が陥頓した場合には肝酵素の上昇や黄疸がみられることがあります。中には心タンポナーデを併発して突然死した事例も報告されています1

診断

  • 聴診
    心音の混濁や胸部で腸の蠕動音が聴取される際には本疾患が疑われます。
  • 胸部X線検査
    PPDHでは心陰影の拡大に加え、特徴的所見として胸骨付近の横隔膜ラインが不明瞭となります(図1)。腸管が心膜内に移動している際には心臓領域に腸管のガス陰影がみられ(図2)、肝臓や脾臓が心膜内に移動する際には腹部ではこれらの臓器陰影が消失しています。
      
  • 超音波検査
    PPDHでは心膜内に腹腔臓器が確認されます。超音波検査では心膜内に心臓と接する実質臓器(肝臓や脾臓)や腸管を確認できれば、確定診断ができます(図3)。また、横隔膜の一部が欠損し、腹腔内へ臓器が飛び出している状況を確認することもできます(図4)。
     

 

治療・予後

治療法は外科的修復であり、全身麻酔下で心膜内の腹部臓器を腹腔内へ戻し、開存している横隔膜を縫合・閉鎖します。術前に認められた臨床症状は85%の症例で改善しますが、重度の食道炎、喘鳴、乳び胸、断続的な嘔吐などが術後に継続することがあります3。また、PPDHの犬猫における術中・術後の合併症には出血、呼吸停止、低血圧などがあり、術後の短期死亡率は8.8-14%であったことから[1,3]、外科的治療にはリスクを伴うことを理解しておく必要があります。長期的予後(生存期間)については保存療法と外科的治療の間で有意差は認められていませんが、若齢時に臨床症状の発現している症例では外科的治療を選択する飼い主が多かったと報告されています[1,3,4]。したがって、本院では若齢時のPPDHでは将来的な合併症の回避を目的に早期の手術を推奨していますが、中年齢以上の症例では特に症状がなければ手術を勧めていません。

 

参考文献

  1. Reimer SB, Kyles AE, Filipowicz DE, et al. Long-term outcome of cats treated conservatively or surgically for peritoneopericardial diaphragmatic hernia: 66 cases (1987-2002). J Am Vet Med Assoc 2004;224:728-732.
  2. Banz AC, Gottfried SD. Peritoneopericardial diaphragmatic hernia: a retrospective study of 31 cats and eight dogs. J Am Anim Hosp Assoc 2010;46:398-404.
  3. Burns CG, Bergh MS, McLoughlin MA. Surgical and nonsurgical treatment of peritoneopericardial diaphragmatic hernia in dogs and cats: 58 cases (1999-2008). J Am Vet Med Assoc 2013;242:643-650.
  4. Morgan KRS, Singh A, Giuffrida MA, et al. Outcome after surgical and conservative treatments of canine peritoneopericardial diaphragmatic hernia: A multi-institutional study of 128 dogs. Vet Surg 2020;49:138-145.
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