疾患の解説

胸水

はじめに

胸腔は肋骨や横隔膜から構成される胸郭の内腔であり、肺や心臓を収めている器のような部分を指します。さらに、胸郭の外周は肋骨と筋肉からなる胸壁によって囲まれています。胸壁の内側面には中皮細胞に覆われた胸膜という薄い膜があり、健康な動物では主にこの胸膜から胸水が産生されています。胸水は、呼吸により肺が伸縮する際に周囲組織との摩擦を少なくする潤滑油のような役割を果たしており、周囲の毛細血管やリンパ管などから吸収されます。

何らかの原因により胸水の産生量が増えるか吸収量が低下すると、胸腔内に胸水が貯留します。胸腔内に多量の胸水が貯留すると肺が圧迫されて拡張できなくなるため酸素を取り込めなくなり、重症例では呼吸不全を起こすことがあるため適切な処置が必要となります。

 

胸水の原因

  • 心不全
  • 低アルブミン血症
  • 炎症・感染
  • 腫瘍
  • 出血
  • 乳ビ

犬の胸水の主な原因は肺・胸腔疾患や腫瘍性疾患であり、心不全が直接の原因になることは比較的稀です。ある報告では、胸水の原因として特発性胸水や肺葉捻転などの胸腔疾患は35.8%と最も多く、次いで前縦隔腫瘍や転移性腫瘍などの腫瘍性疾患が28.4%を占めていました[3]。一方、心原性疾患は8.6%でした[3]

猫の胸水の主な原因は心不全であり、原因疾患の35.3~40.8%を占めることが報告されています[4]-[6]。次いで、前中隔リンパ腫や転移性腫瘍などの腫瘍性疾患は25.8~30.7%を占めています[4]-[6]。この他には膿胸、伝染性腹膜炎、乳び胸などが挙げられます。

 

胸水の症状

小量の場合:臨床徴候はありません。

多量の場合:

  • 呼吸困難
  • 運動不耐
  • 食欲不振
  • 沈うつ

多量の胸水貯留では呼吸促拍や呼吸困難が認められます[3][7]

猫では食欲不振や元気消失などが頻繁にみられます。

 

胸水の診断

1.  一般身体検査

胸水に特徴的な徴候はありませんが、肺の拡張障害に伴う低酸素血症の程度によって努力性呼吸やチアノーゼが出現します。また、聴診時に心音の大きさが左右の胸壁で異なっていたり、肺音を聴取しにくいことが診断の手掛かりになります。

 

2. 胸部X線検査

軽度の胸水:肺葉の間(葉間列)に胸水が貯留し特徴的な線状陰影が認められますが、少量の場合には正常所見と区別できないこともあります(図1)。

中等度の胸水:貯留した胸水によって肺が圧迫されて退縮するために胸壁から遊離しています(図1)。

多量の胸水:多量の胸水はX線検査で白く描出されるため、心臓や横隔膜が胸水によって隠されてしまい、通常では確認できるこれらの陰影が消失します(図2)。肺葉は胸水に圧迫されて退縮し、胸部中央でわずかに含気している程度です。

   

 

3. 超音波検査

超音波検査ではX線検査で写らない少量の胸水を検出することができます (図3左)。さらに、多量の胸水では胸腔内にエコーフリー領域が出現し、退縮した肺葉や縦郭が浮遊してみえます(図3右)。

胸水貯留の症例では前縦隔腫瘍や心臓腫瘍、心不全、肺葉捻転など胸水の原因を精査する必要があります。また、過去には胸水貯留の原因が腹部のリンパ腫だった猫もいるため、腹部の超音波検査も必ず実施します。

 

4. 胸水の性状検査

胸水は蛋白濃度や有核細胞数などから以下の5つに大別することができ、性状を調べることは原因の絞り込みに役立ちます[1]

  • 漏出液 (蛋白濃度≦2.5g/dl、有核細胞数≦1.5×10³/μl)
    心不全 (特に猫の心筋症)、低アルブミン血症 (慢性腸疾患、腎疾患など)
  • 変性漏出液 (蛋白濃度≦2.5~7.0g/dl、有核細胞数≦1.0~7.0×10³/μl)
    心疾患、肝不全、腫瘍、猫伝染性腹膜炎
  • 滲出液 (蛋白濃度≧3.0g/dl、有核細胞数≧7×10³/μl)
    膿胸、胸膜炎、猫伝染性腹膜炎、肺葉捻転など
  • 血胸 (PCV>10%)
    外傷、肺の損傷、DIC、腫瘍、肺葉捻転など
  • 乳び (乳白色で、胸水中の中性脂肪が血清よりも高値)
    胸管の閉塞・破裂(腫瘍、リンパ管拡張症など)

猫では胸水の性状を疾患毎に比較した研究が報告されており(表1)[6]、心不全に起因する胸水では比重ならびに有核細胞数が有意に低く、膿胸では有核細胞数が有意に高いことが明らかとなっています。

 

5. 心臓バイオマーカー

心原性胸水の猫の血中NT-proBNP濃度は非心原性胸水の猫よりも有意に高値を示し、血中NT-proBNP濃度が高値の場合には高い精度で心原性胸水を診断できることが明らかになっています[8][10]。このことから、うっ血性心不全に起因した胸水貯留の猫では血中NT-proBNP濃度を測定することで、他の疾患に起因する胸水との鑑別に有用です。

 

胸水の治療

酸素吸入

低酸素血症を起こしている場合には初期治療として酸素吸入を行います。

 

胸腔穿刺 (第1選択)

肋骨の間から細い針を穿刺し、胸腔内の貯留液を除去します。呼吸困難や元気・食欲の低下がみられる際には第1選択であり、症状は劇的に改善します。

 

基礎疾患の治療

・心不全
心不全治療として利尿薬や強心薬、血管拡張薬を使用します。

・腫瘍
原因によって治療法は異なりますが、病状によっては手術や抗がん剤、分子標的薬などを検討します。

・低アルブミン血症
原因疾患によって治療内容は異なるため、精査が必要です。

・感染・炎症
細菌感染の場合には抗生剤や消炎剤を使用します。
猫伝染性腹膜炎では消炎剤やイトラコナゾール[11][12]などを使用します。近年ではMutianという治療薬が利用可能ですが、2022年現在では国内で承認されておらず高額な費用がかかります。

 

胸水の予後

胸水貯留の予後は原因疾患によって様々であり、初診時には判断できないこともあります。

  • 特発性胸水の場合

特発性胸水の犬の中央生存期間は27ヶ月と報告されており[13]、予後は比較的良好です。

  • 心原性胸水の場合

うっ血性心不全に起因した胸水の猫の予後は比較的悪いと考えられます[5]

  • 腫瘍の場合

腫瘍性疾患に起因した胸水の犬の中央生存期間は15日と報告されており[7]、予後は非常に悪いと考えられます。

 

胸水の原因は心不全以外にも様々な疾患が考えられます。従って、適切な診断と治療が不可欠です。また、胸水を伴う疾患では予後の悪いことが多いため、治療が困難な場合には「苦しまずにご自宅で過ごせる事」を目標に治療法を検討していきます。胸水について気になることやご心配がある場合は、早急に本院へご相談ください。

 

参考文献

  1. Dempsey SM, Ewing PJ. A review of the pathophysiology, classification, and analysis of canine and feline cavitary effusions. J Am Anim Hosp Assoc 2011;47:1-11.
  2. Pembleton-Corbett JR, Center SA, Schermerhorn T, et al. Serum-effusion albumin gradient in dogs with transudative abdominal effusion. J Vet Intern Med 2000;14:613-618.
  3. Mellanby RJ, Villiers E, Herrtage ME. Canine pleural and mediastinal effusions: a retrospective study of 81 cases. J Small Anim Pract 2002;43:447-451.
  4. Davies C, Forrester SD. Pleural effusion in cats: 82 cases (1987 to 1995). J Small Anim Pract 1996;37:217-224.
  5. Ruiz MD, Vessières F, Ragetly GR, et al. Characterization of and factors associated with causes of pleural effusion in cats. J Am Vet Med Assoc 2018;253:181-187.
  6. König A, Hartmann K, Mueller RS, et al. Retrospective analysis of pleural effusion in cats. J Feline Med Surg 2019;21:1102-1110.
  7. Kovak JR, Ludwig LL, Bergman PJ, et al. Use of thoracoscopy to determine the etiology of pleural effusion in dogs and cats: 18 cases (1998-2001). J Am Vet Med Assoc 2002;221:990-994.
  8. Hezzell MJ, Rush JE, Humm K, et al. Differentiation of Cardiac from Noncardiac Pleural Effusions in Cats using Second-Generation Quantitative and Point-of-Care NT-proBNP Measurements. J Vet Intern Med 2016;30:536-542.
  9. Wurtinger G, Henrich E, Hildebrandt N, et al. Assessment of a bedside test for N-terminal pro B-type natriuretic peptide (NT-proBNP) to differentiate cardiac from non-cardiac causes of pleural effusion in cats. BMC Vet Res 2017;13:394.
  10. Hassdenteufel E, Henrich E, Hildebrandt N, et al. Assessment of circulating N-terminal pro B-type natriuretic peptide concentration to differentiate between cardiac from noncardiac causes of pleural effusion in cats. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio) 2013;23:416-422.
  11. Doki T, Toda M, Hasegawa N, et al. Therapeutic effect of an anti-human-TNF-alpha antibody and itraconazole on feline infectious peritonitis. Arch Virol 2020;165:1197-1206.
  12. Kameshima S, Kimura Y, Doki T, et al. Clinical efficacy of combination therapy of itraconazole and prednisolone for treating effusive feline infectious peritonitis. J Vet Med Sci 2020;82:1492-1496.
  13. Smeak DD, Stephenj, Birchard, et al. Treatment of chronic pleural effusion with pleuroperitoneal shunts in dogs: 14 cases (1985-1999). J Am Vet Med Assoc 2001;219:1590-1597.

 

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