失神・発作
目次
はじめに
ワンちゃんや猫ちゃんが急に意識を失い倒れてしまった時、身体の中では何が起こっているのでしょうか?
医学的には、「意識障害の持続が短く、かつ意識が自然に回復する発作」を一過性意識障害といいます[1]。このような発作の原因には心臓病の他に脳疾患や代謝性疾患など様々な原因が考えられます。一過性意識障害はさらに失神と非失神発作に分けられており( 図1)、発作の原因を精査・治療する上で両者の大別は非常に重要となります。
発作を起こした時にできること
ワンちゃんや猫ちゃんが発作を起こした時、ご家族は慌てずに冷静に以下の対応をお願いいたします。
- 転倒した際に怪我をしないように安全を確保
- 呼吸の有無( 胸の動き) を確認
一般的な発作で呼吸が止まることはありませんが、呼吸を確認できない場合は直ぐにかかりつけ医に連絡してください。 - 発作中の手足の強直や痙攣の有無、意識が回復するまでの時間を確認
手足の強直や痙攣はてんかん様発作を疑います。 - 可能であれば動画撮影
携帯電話で動画撮影しておくと、発作の原因を鑑別する際の有力な資料となります。
失神とは
失神は「一過性の意識消失発作の結果、姿勢が保持できなくなるが、かつ自然に、また完全に意識の回復がみられること」と定義されています[2]。つまり、失神発作では以下の特徴が認められます。
- きっかけとなる動作(咳、運動・興奮、排便・排尿など) によって発症することが多い(安静時には発症しにくい)
- 急速に意識を失う
- (多くの場合) 発作中は脱力している
- 一過性( 数秒〜30 秒程度) で自然に回復する
失神の際には脳全体の血流量が減少することで、意識が消失してしまいます。犬猫において、脳血流の減少を引き起こす原因には心血管疾患や神経調節の異常( 血圧の急激な低下) が挙げられます。
失神と類似した発作
1.虚脱
2.けいれん発作
1.虚脱
虚脱とは血液循環に急激な障害が起こり、動物が著明な脱力状態に陥った状態を表します。失神とは異なり脳血流量の減少や 意識の消失は必発ではありません。例えば、低血糖や重度の脱水などで、「元気が無くなりグッタリしているけど意識はある」という状態です。
その他、呼吸器疾患では発咳や呼吸困難に加えて失神に至る場合もあり、中等度から重度の肺炎を伴う犬では失神する事例を経験しています。また、咽喉頭疾患の一部でも倒れることがあります[3]。
2.けいれん発作
けいれん発作は「突然起こる脳神経からの制御不能な一時的な電気的放電による発作」であり、てんかんや脳血管障害( 炎症、出血、腫瘍など)、代謝性疾患によって発症します。これらは発作時に意識の消失に加えて四肢の強直や痙攣を伴うことが多いのが特徴です。
意識消失(完全~不完全)を来たす疾患
失神の原因
失神の原因は起立性低血圧、反射性( 神経調節性) 失神、心原性失神の3 つに大別されています[2]。
1.起立性低血圧
血管拡張薬、出血、内分泌疾患など
2.反射性(神経調節性)失神
反射性失神は自律神経のバランスが乱れる(交感神経が抑制され迷走神経が興奮する)ことで一過性に心拍数と血圧が低下し、脳の血流が減少することによって失神に至る症候群です。
人医療では以下の3つに分類されています2。
① 状況失神
咳嗽、排尿、嚥下などの特定の状況で発症します。犬では興奮や発咳の後に洞性頻脈が起こり、続いて洞性徐脈か低血圧が起こることで失神に至ります[4]。
② 血管迷走神経性失神
疼痛、情動ストレス、姿勢の変化や運動によって発症します。
③ 頸動脈洞症候群
頸部の圧迫が誘因となって発症します。
3.心原性失神
① 不整脈( アダムス・ストークス症候群)
② 心筋症
③ 弁膜症
④ 心臓腫瘤
⑤ 心タンポナーデ
⑥ 肺高血圧症
- 洞不全症候群 (洞停止・洞房ブロック、徐脈-頻脈症候群)
- 房室ブロック
頻脈性不整脈
- 上室頻拍
- 心室頻拍
- 心室細動
失神を引き起こす不整脈は徐脈性不整脈と頻脈性不整脈に分けられ、ほとんどの場合は徐脈が原因です。 約5秒以上の心停止があると失神を引き起こすため、治療が必要となります。一方、頻脈による失神は稀であり、犬の不整脈による失神の0.9%と報告されています[5]。これらの不整脈は院内検査で診断できることもありますが、発作時にしか出現しない不整脈の場合にはホルター心電図検査が必要になります。 |
〇心臓腫瘍・心タンポナーデ
犬における心臓腫瘍の中で血管肉腫は69%と最も発生頻度が高く、次いで大動脈体腫瘍は8%を占めています[6]。心臓腫瘍や心タンポナーデの場合には突然の失神または虚脱を起こし、その後はなかなか回復しないことが特徴です。
◯ 肺高血圧症
肺高血圧症の犬における臨床徴候は失神(61.5%)、発咳(46.1%)、呼吸困難(38.5%)の順に多くみられます[7]。肺高血圧症の場合には慢性的な労作時のチアノーゼや努力性呼吸がみられ、運動や興奮した後に失神することが特徴です。
失神の診断
1.一般身体検査
一般身体検査では来院時の意識レベルや全身状態に加え、発作時の状況を詳しくお伺いします。特に問診では倒れた時の時間帯、直前の行動、様子( 意識の有無、筋緊張度、失禁・脱糞、呼吸様式、外部刺激への反応など) から鑑別を行います。以下に発作の特徴を示しています。
これらの特徴は発作の鑑別を進める上で非常に重要なポイントですが、飼い主様が詳細に特徴を捉えることは難しいため、ご自宅で発作の様子を動画撮影して頂けると診断しやすくなります。
2.胸部レントゲン検査
胸部レントゲン検査において顕著な心臓・大血管の拡大がみられる場合には心原性失神を疑う必要があります。ただし、異常がなくても心原性失神を除外することはできません。また、肺野の不透過性が亢進している症例では肺疾患との鑑別が必要です。
3.心エコー図検査
本検査では心疾患の有無や重症度を評価することで失神に繋がるリスクを予想しています。僧帽弁閉鎖不全症や拡張型心筋症などの左心不全に罹患している場合には、顕著な左心房・左心室の拡大がみられます。さらに、右心不全や肺高血圧症が原因となっている場合には、右心室や肺動脈など右心系の拡大がみられます。その他、心タンポナーデや心臓腫瘍についても本検査で診断することが可能です。
4.心電図検査
院内の心電図検査では房室ブロックや心房停止などの徐脈性不整脈に加えて、心房細動や心室頻拍などの頻脈性不整脈の有無についても確認する必要があります。しかし、一部の症例や神経調節性失神では院内検査で診断できないことがあるため、ホルター心電図検査を検討する必要があります。
5.血液検査・血液生化学検査
院内の血液検査・血液生化学検査では非失神発作を鑑別するために、貧血の有無や低血糖、電解質失調、尿毒症の有無などについて確認を行います。
6.その他の検査
上記の院内検査では失神や発作の原因が判明しないこともあります。過去の報告では失神・虚脱を主訴に来院した犬(743頭)の中で248頭(33%)は原因を特定できませんでした[8]。院内の各種検査において発作の原因が見つからない場合にはホルター心電図検査や脳のCT/MRI検査が必要になることがあります。
治療
心不全が原因の場合
内科治療を通して心機能や血液循環を改善することで失神を防ぐことが可能です。
- 降圧剤(ACE 阻害剤など):血管を拡張させて血圧を下げることによって、血液を循環しやすくします。
- 利尿剤(フロセミドなど):尿を排出させることで全身の血液量を減らし、心臓の負担を減らします。
- 強心薬(ピモベンダン):血管拡張作用と強心作用を併せ持ち、心不全症状の軽減に有効です。
心タンポナーデが原因の場合
心膜穿刺が第1選択治療となります。
肺高血圧症が原因の場合
基礎疾患に応じた治療を行います(詳しくはこちら)。
徐脈性不整脈の場合
内科治療や心臓ペースメーカー治療を通して失神を防ぐことが可能です。
◯ 内科治療
- アトロピン:アセチルコリン受容体を阻害することで心拍数を上昇させます。
- イソプロテレノール:非選択的にβ作動薬を刺激することで心拍数を上昇させます。
- ジフェンヒドラミン:強い抗コリン作用を持ち、副作用として心拍数を上昇させます。
- シロスタゾール:PDE3阻害作用を持ち、副作用として心拍数が上昇します[9]。近年では徐脈性不整脈の治療に応用されています。
◯ 心臓ペースメーカー治療
本院では内科治療によって効果が得られない徐脈性不整脈の場合に心臓ペースメーカー治療をお勧めしています。
予後
予後は失神を引き起こす原因疾患や病態によって大きく異なります。
ある報告では原因不明の失神の中で56%の犬は治療を受けずに失神が改善または治癒しています[8]。また、徐脈性不整脈が原因の場合には適切な治療を行うことで予後は比較的良好であり、心臓ペースメーカー治療を受けた犬の3年生存率はおよそ50%と報告されています[4][10][11]。
一方、左心不全に起因した失神は予後不良因子の1つであり[12]、頻繁に失神を繰り返す場合には予後の悪いことが予想されます。同様に、失神を伴う肺高血圧症の場合も予後は良くありません。
参考文献
- 日本臨床検査医学会ガイドライン作成委員会, 臨床検査のガイドラインJSLM2018. 宇宙堂八木書店(東京)
- 井上 博ら、失神の診断・治療ガイドライン(2012年年改訂版). JCS2012_inoue_h.pdf(j-circ.or.jp)
- O’Brien J. (1975): Spontaneous laryngeal disease in the canine. Laryngoscope, 85: 2023-2025.
- Johnson MS, Martin MW, Henley W. (2007): Results of pacemaker implantation in 104 dogs. J. Small Anim. Pract., 48: 4-11.
- Perego M, Porteiro Vàzquez DM, Ramera L, et al. (2020): Heart rhythm characterisation during unexplained transient loss of consciousness in dogs. Vet. J. 263: 105523.
- Ware WA, Hopper DL. (1999): Cardiac tumors in dogs: 1982-1995. J. Vet. Intern. Med., 13: 95-103.
- Bach JF, Rozanski EA, MacGregor J, et al. (2006): Retrospective evaluation of sildenafil citrate as a therapy for pulmonary hypertension in dogs. J. Vet. Intern. Med., 20: 1132-1135.
- Barnett L, Martin MW, Todd J, et al. (2011): A retrospective study of 153 cases of undiagnosed collapse, syncope or exerciseintolerance: the outcomes. J. Small Anim. Pract., 52: 26-31.
- Fukushima R, Kawaguchi T, Yamada S, et al. (2018): Effects of cilostazol on the heart rate in healthy dogs. J. Vet. Med. Sci. 80: 1707-1715.
- Oyama MA, Sisson DD, Lehmkuhl LB. (2001): Practices and outcome of artificial cardiac pacing in 154 dogs. J. Vet. Intern. Med., 15:229-239.
- Wess G, Thomas WP, Berger DM, et al. (2006): Applications, complications, and outcomes of transvenous pacemaker implantation in 105 dogs (1997-2002). J. Vet. Intern. Med., 20: 877-884.
- Borgarelli M, Savarino P, Crosara S. (2008): Survival characteristics and prognostic variables of dogs with mitral regurgitation attributable to myxomatous valve disease. J. Vet. Intern. Med., 22: 120-128