疾患の解説

心嚢水(心タンポナーデ)

はじめに

心臓は心膜と呼ばれる非常に薄い膜に覆われており、心臓と心膜の間には小量の液体(心嚢水・心膜水)が存在しています。心嚢水は心臓が動く際に周囲組織との摩擦を少なくする潤滑油の役割を果たしており、心膜の内側にある細胞から生理的に産生されています。

何らかの原因で心嚢水が貯留すると、心嚢内圧が上昇することで心臓の動きが障害されます。心嚢内圧が心室拡張期圧を超えると心臓が拡張できないため心拍出量の低下や動脈圧の低下、全身臓器への血液灌流量の減少が引き起こされます。このように心嚢水の貯留によって心臓の動きが障害された状態を心タンポナーデと称します(図1)。また、心膜は弾力性に乏しいため心嚢水の貯留が急速な場合には少量(10~15ml)でも心嚢内圧は急速に上昇し、心タンポナーデとなります。心タンポナーデを放置すると最終的には心原性ショックが起こり死に至るため早急な処置が求められます。

 

心嚢水の原因

  • 心不全
  • 特発性心嚢水
  • 心臓腫瘍:血管肉腫、大動脈腫瘍、中皮腫など
  • 炎症・感染:細菌、猫伝染性腹膜炎、DICなど
  • 出血:心房破裂、腫瘍など
  • 心膜横隔膜ヘルニア
  • 低アルブミン血症*:肝不全、糸球体腎症、蛋白漏出性腸症など
    *低アルブミンが単独で原因となるのは1.0g/dl以下

犬の心嚢水の主な原因は腫瘍や特発性心嚢水であり[1]-[3]、心不全が直接の原因になることは稀です。腫瘍は心嚢水の原因(犬)の30~60%を占め、特に血管肉腫は心臓腫瘍の約70%を占めることが報告されています[3]-[5]。この他には中皮腫、非クロム親和性傍神経細胞腫、リンパ腫などが挙げられます[6][7]。さらに、原因に関わらず心嚢水の犬の約半数はレトリーバー種が占めており[1][4]、レトリーバー種は心嚢水の好発犬種と考えられます。

一方、猫の心嚢水の原因は心不全が75%を占め、この中で心筋症は最も高率に診断されています[8]。この他には腫瘍、猫伝染性腹膜炎、DIC、心膜横隔膜ヘルニア、外傷、全身性感染症などが占めています[9]

 

心嚢水の症状

小量の場合:臨床徴候が現われることはありません。

多量の場合:

  • 突然の虚脱・沈鬱
  • 運動不耐
  • 食欲不振
  • 呼吸困難

心タンポナーデを発症すると突然の虚脱や沈鬱、運動不耐、食欲不振が出現し[3]、重度なケースでは呼吸困難を伴うこともあります。特に猫の場合では多呼吸や呼吸困難、咳などの呼吸器症状が多くみられます[9]

 

心嚢水の診断

1. 一般身体検査

心タンポナーデの特徴的な身体検査所見には低血圧、微弱な心音、頚静脈怒張がみられ、これらは「Beckの三徴」と呼ばれています。特に、聴診における心音の減弱やこもった心音は犬においても心嚢水を示唆する重要な所見の一つです[3]。この他には努力性呼吸、チアノーゼ、毛細血管再充満時間の延長などがみられます。

 

2. 胸部X線検査

胸部X線検査から少量の心嚢水貯留を検出することは極めて困難ですが、多量の心嚢水貯留では円形に拡大した心陰影が確認されます(図2)。

 

 

 

 

 

3. 心エコー図検査

心エコー図検査では小量の心嚢水でも検出することが可能であり、心嚢水は心外膜と心膜の間にエコーフリーの領域として描出されます(図3)。また、心タンポナーデでは拡張早期における右心房または右心室の虚脱が認められます(図4)。
この他、心エコー図検査では心不全、心臓腫瘍、心膜横隔膜ヘルニアなどを診断することができます。この中で、心臓腫瘍は心嚢水貯留の主な原因疾患であり、心エコー図検査を用いた検出率は10~50%と報告されています[3][6][10]。特に、右心房壁や心基底部は腫瘍の好発部位であり入念に精査する必要があります(図5)。

 

 

 

 

 

4. 心電図検査

心電図検査ではR波の低電位(II誘導で1mV以下)や電気的交互脈(R波が高くなったり低くなったりを繰り返す)など特徴的な所見が認められます。

 

5. 性状検査

心嚢水は蛋白濃度や有核細胞数などから以下の4つに大別することができ、性状を調べることで原因の絞り込みに役立ちます。

・漏出液 (蛋白濃度≦2.5g/dl、有核細胞数≦1.0×10³/μl)
心不全、特発性心嚢水(大型犬)、心膜横隔膜ヘルニア、低アルブミン血症など

・変性漏出液 (蛋白濃度≦2.5~5.0g/dl、有核細胞数≦1.0~5.0×10³/μl)
心不全、特発性心嚢水(大型犬)、中皮腫、猫伝染性腹膜炎

・滲出液 (蛋白濃度≧3.0g/dl、有核細胞数≧5×10³/μl)
炎症、細菌感染、猫伝染性腹膜炎など

・出血 (PCV>10%)
特発性心嚢水、心房破裂、DICなど
腫瘍(血管肉腫、大動脈体腫瘍、中皮腫)

心嚢穿刺液を用いた細胞診では腫瘍の診断精度は低いことが知られています[6]。ある報告では、癌性心嚢水だった犬の74%では細胞診で腫瘍細胞が見つかりませんでした[11]。しかし、心臓性リンパ腫では91.7%で細胞診が診断に有効であったと報告されているため7、リンパ腫の確認を目的として細胞診を実施しています。

 

心嚢水の治療

1. 心膜穿刺(第1選択)

肋骨の間から細い針を心膜に穿刺することで心臓周囲の貯留液を除去します。症状は劇的に改善するため、心タンポナーデを発症している際には第1選択です。
血管肉腫や中皮腫などの癌性心嚢水では心タンポナーデの再発が多く、再発までの時間は特発性心嚢水より短いため[12][13]、短期間(2~3週間)の内に心嚢水が再発する場合には癌性心嚢水の可能性が考えられます。

 

2. 基礎疾患の治療

心不全の場合:心不全治療として利尿薬や強心薬、血管拡張薬を使用します。
低アルブミン血症の場合:原因疾患によって治療内容は異なるため、精査が必要です。
感染・炎症の場合:抗生剤や消炎剤を使用します。

 

3. 心膜切除

心膜切除術は全身麻酔下で行う手術であり、胸骨の間を切開して心膜の一部を切除することで、心嚢水による心臓の拡張障害が緩和され心臓が自由に動けるようになります。ただし、心嚢水の産生が止まるわけではないので、産生された心嚢水は胸腔に貯留します。一定量の液体が貯留したら胸水として抜去する必要がありますが、QOLの改善を目的とした治療として選択しています。

心膜切除の適応例
・頻繁に繰り返す症例
・心基底部腫瘍
*心基底部腫瘍は心膜切除後の予後が比較的良好であり、心膜切除をしなかった症例の中央生存期間は42日であったのに対し、心膜切除を実施した症例の中央生存期間は730日でした[14]

心膜切除をしない例
・固形腫瘍(血管肉腫など)
・中皮腫
・心房破裂
*固形腫瘍は心膜切除をしても予後が悪く、中皮腫は心膜切除しても生存期間に差がないことが報告されています[12][13]。ただし、QOLの改善を期待して手術を実施することがあります。

 

心嚢水の予後

心嚢水貯留の予後は原因疾患によって様々であり、初診時には判断できないこともあります。

●特発性心嚢水の場合
予後は良好であり命にかかわることはほとんどありません[3]。また、通常は心嚢穿刺を1~2回行うと自然に治まります[12][13]

●心臓腫瘍の場合
心エコー図検査で心臓腫瘍が検出された犬の予後は悪く、特に血管肉腫やリンパ腫の場合は他の腫瘍よりも予後が悪くなります。ある報告では血管肉腫の中央生存期間は16日[6][12]、リンパ腫の中央生存期間は41日と報告されています[7]

心嚢水は放置すると生命を脅かす危険な状態です。心嚢水の原因は心不全以外にも様々な疾患が考えられます。適切な治療を行うことで、少しでも多くの命を救いたいと考えています。心嚢水について気になることやご心配がある場合は、早急に本院へご相談ください。

 

参考文献

  1. de Laforcade AM, Freeman LM, Rozanski EA, et al. Biochemical analysis of pericardial fluid and whole blood in dogs with pericardial effusion. J Vet Intern Med 2005;19:833-836.
  2. Cagle LA, Epstein SE, Owens SD, et al. Diagnostic yield of cytologic analysis of pericardial effusion in dogs. J Vet Intern Med 2014;28:66-71.
  3. Stafford Johnson M, Martin M, Binns S, et al. A retrospective study of clinical findings, treatment and outcome in 143 dogs with pericardial effusion. J Small Anim Pract 2004;45:546-552.
  4. Chun R, Kellihan HB, Henik RA, et al. Comparison of plasma cardiac troponin I concentrations among dogs with cardiac hemangiosarcoma, noncardiac hemangiosarcoma, other neoplasms, and pericardial effusion of nonhemangiosarcoma origin. J Am Vet Med Assoc 2010;237:806-811.
  5. Ware WA, Hopper DL. Cardiac tumors in dogs: 1982-1995. J Vet Intern Med 1999;13:95-103.
  6. MacDonald KA, Cagney O, Magne ML. Echocardiographic and clinicopathologic characterization of pericardial effusion in dogs: 107 cases (1985-2006). J Am Vet Med Assoc 2009;235:1456-1461.
  7. MacGregor JM, Faria ML, Moore AS, et al. Cardiac lymphoma and pericardial effusion in dogs: 12 cases (1994-2004). J Am Vet Med Assoc 2005;227:1449-1453.
  8. Hall DJ, Shofer F, Meier CK, et al. Pericardial effusion in cats: a retrospective study of clinical findings and outcome in 146 cats. J Vet Intern Med 2007;21:1002-1007.
  9. Davidson BJ, Paling AC, Lahmers SL, et al. Disease association and clinical assessment of feline pericardial effusion. J Am Anim Hosp Assoc 2008;44:5-9.
  10. Weisse C, Soares N, Beal MW, et al. Survival times in dogs with right atrial hemangiosarcoma treated by means of surgical resection with or without adjuvant chemotherapy: 23 cases (1986-2000). J Am Vet Med Assoc 2005;226:575-579.
  11. Sisson D, Thomas WP, Ruehl WW, et al. Diagnostic value of pericardial fluid analysis in the dog. J Am Vet Med Assoc 1984;184:51-55.
  12. Dunning D, Monnet E, Orton EC, et al. Analysis of prognostic indicators for dogs with pericardial effusion: 46 cases (1985-1996). J Am Vet Med Assoc 1998;212:1276-1280.
  13. Stepien RL, Whitley NT, Dubielzig RR. Idiopathic or mesothelioma-related pericardial effusion: clinical findings and survival in 17 dogs studied retrospectively. J Small Anim Pract 2000;41:342-347.
  14. Ehrhart N, Ehrhart EJ, Willis J, et al. Analysis of factors affecting survival in dogs with aortic body tumors. Vet Surg 2002;31:44-48.
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