肺高血圧症
原因・症状・診断・治療・予後まで獣医師が徹底解説!
はじめに
犬の肺高血圧症(pulmonary hypertension)は、肺の血管内圧が異常に上昇することで、呼吸困難や失神、心不全など重篤な症状を引き起こす疾患です。単独の病気というよりも、心疾患や肺疾患、フィラリア感染などに伴って二次的に発生することが多く、早期診断と原因疾患の管理が重要です。本記事では、犬の肺高血圧症の原因、症状、診断方法、治療法、予後について獣医師監修のもと詳しく解説します。
肺高血圧症とは
肺動脈の血圧が持続的に上昇
肺高血圧症とは肺動脈壁の弾力性低下や硬化を特徴とする進行性の病態であり、肺動脈の血圧が持続的に上昇している状態を指します。これは病気の名称ではなく病態を表す名称であることに注意してください。
収縮期肺動脈圧が>46 mmHg
以前は、「収縮期肺動脈圧≥30mmHg」の場合を肺高血圧症と診断していましたが、獣医療では2020年に初めて米国獣医内科学会(ACVIM)からガイドラインが作成され、肺高血圧症を臨床診断するための基準が明記されました。
この基準では収縮期肺動脈圧が>46 mmHgの時に肺高血圧症と診断します[1]。
重度では右心不全になることも
肺高血圧症は様々な病気によって引き起こされます。初期は無症状ですが、重度になると右心系に負担がかかり、重度になると右心不全を引き起こします。息苦しくなったり失神することがあり、QOLが大きく低下するばかりか寿命が短くなります[2]。
進行すると治すことが困難なため[3][4]、早期の段階から予防処置を講じる必要があります。
原因
肺高血圧症を引き起こす3つの病態
肺高血圧症を引き起こす主な病態は以下の3つです。
肺高血圧症を引き起こす代表的な原因
- 僧帽弁閉鎖不全症などの左心疾患
- 肺疾患(慢性気管支炎や肺線維症など)
- フィラリア症
- 肺血栓塞栓症
- 特発性(原因不明)
肺高血圧症の分類
ACVIMガイドラインでは肺高血圧症の原因を以下の6つに分類しています(以下要約)1。
1. 肺動脈性肺高血圧症
薬剤誘発性
特発性肺高血圧症
先天性短絡性心疾患 (動脈管開存症、心室中隔欠損症など)
動脈管開存症の原因と検査・治療について
2. 左心疾患に伴う肺高血圧症
心筋症
僧帽弁粘液腫様変性:僧帽弁粘液腫様変性の犬の14~31%は肺高血圧症を合併しており、心不全犬での合併率は約70%に上ります[2][8]。
僧帽弁閉鎖不全症の原因と検査・治療について
3. 呼吸器疾患/低酸素血症に伴う肺高血圧症
咽喉頭疾患:軟口蓋過長症、喉頭麻痺など
気管支疾患:気管支炎、気管・気管支の虚脱、気管支拡張症など
肺実質性疾患
・細菌性肺炎
・肺線維症:ウェスティーに多い[9]
・好酸球性肺炎
・肺腫瘍
4. 血栓性/閉塞性疾患に伴う肺高血圧症
肺血栓塞栓症
5. 寄生虫性疾患
フィラリア症の原因と検査・治療について
6. 他因子または原因不明の肺高血圧症
上記の2つ以上の原因を持つ場合
メカニズム不明の他の疾患
症状
肺高血圧症の病態
- 肺の血流が悪くなるために、酸素を取り込めなくなる。
- 右心系のうっ血が起こるため、腹水などの右心不全を起こす。
主な臨床徴候
- 呼吸が速く浅い(努力性呼吸)
- 咳が続く
- 散歩中に疲れやすい・動きたがらない
- チアノーゼ(舌や歯茎が青紫色になる)
- 失神やふらつき
- 腹水(右心不全が進行した場合)
これらの症状は非特異的であり、心臓・呼吸器疾患との鑑別が重要です。
診断
肺高血圧症の正確な診断には心臓カテーテル検査が必要不可欠ですが、この検査には全身麻酔が必要です。
従って、臨床診断には超音波検査を用いた肺動脈圧の推定を行い、さらに症状を組み合わせた診断法が推奨されています。
1. 身体検査
初期:易疲労性、安静時・運動時の頻呼吸や努力呼吸
中期:低酸素血症に伴うチアノーゼ、発咳、失神[7][10][11]
末期:右心不全に伴う肝腫大、腹水[7][10][11]
犬猫では初期症状がわかり難いため、症状から肺高血圧症を疑うことは困難です。
また、症状だけで肺高血圧症を診断することはできません。
2. SPO₂測定
重度の肺高血圧症では低酸素血症が起こるため、血中の酸素濃度が低下し息苦しくなります。この検査では小さなクリップを耳や指先に挟み、動脈中の酸素濃度を測定します(図1)。測定値が≥95%だと正常ですが、95%未満だと苦しいと判断できます。
3. 胸部X線検査
本検査は肺高血圧症の原因となる呼吸器疾患や心不全の有無を評価するために実施します。 また、拡大した肺血管や後大静脈、肝腫大などが認められる場合には肺高血圧症の可能性があります(図2)。
4. 超音波検査
肺高血圧症では肺動脈圧と共に右心室圧が上昇し、結果として三尖弁逆流が高率に発生します[1][2]。
三尖弁逆流がある場合には逆流速度から収縮期肺動脈圧を推定することで非侵襲的な肺高血圧症の診断が行えます。
人医では安静時の平均肺動脈圧が≧25mmHgの時に肺高血圧症と臨床診断していますが、ACVIMガイドラインでは肺動脈圧が≧45mmHg(三尖弁逆流速度>3.4m/sec)の時に肺高血圧症を診断します(図3)[1]。
この診断基準では中程度の肺高血圧症に相当し、初期の肺高血圧症は見逃すかもしれませんが、真の肺高血圧症を高い確率で検出することができます。

中図)左室長軸断面においても顕著な右肺動脈の拡張(13mm)が認められる(正常は約5mm)。
右図)心基底部短軸断面では肺動脈の拡大がみられる。肺動脈径/大動脈経比は1.13であった(通常は約1.00)。
さらに、進行した肺高血圧症では右心室内腔の拡大と心室中隔の扁平化、肺動脈の拡大がみられます(図4)。
さらに、腹部を確認すると腫大した肝臓に加え、肝静脈の拡大が認められます(図5)。
ACVIMガイドラインでは三尖弁逆流速度に加え、以下に示すような異常所見と合わせて肺高血圧症を診断することを推奨しています[1]。
異常所見1 (心室の変化) |
異常所見2 (肺動脈の変化) |
異常所見3 (右心房&後大静脈の変化) |
---|---|---|
心室中隔の扁平化(収縮期)
左心室腔の容積・充満低下 右心室肥大(壁の肥厚、内腔拡大) 右心室収縮不全 |
肺動脈拡大(PA/Ao>1.0)
肺動脈弁逆流速度>2.5m/s RPAD index <30% 右室流出路血流加速時間≤52 msec AT/ET比<0.3 |
右心房の拡大 後大静脈の拡大 |
治療
原因疾患の治療
一般的には、肺高血圧症を引き起こす基礎疾患の治療を優先して行う必要があります。
例えば
肺血管拡張薬
基礎疾患の治療に加えて、肺動脈圧を低下させ症状を緩和させるためには、以下の肺動脈拡張薬を使用します。
- 硝酸薬
- プロスタサイクリン製剤 (ベラプロスト)
- ホスホジエステラーゼ5阻害薬 (シルデナフィル)
- エンドセリン受容体阻害 (ボセンタン)
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対症療法
- 酸素吸入(低酸素血症の改善)
- 利尿薬(右心不全に対する治療)
- 安静・運動制限
予後
原因疾患の進行度と早期治療開始が予後を左右
肺高血圧症の予後は基礎疾患によって様々です。
肺炎や気管支炎などでは治療によって長期生存が可能ですが、肺腫瘍や肺線維症の場合には数週間で亡くなることもあります。左心不全では1年後の生存率は50%以下と予後は良くありません。
重度な肺高血圧症では有効な治療法がないため、長期的な予後は悪いことが知られています[2]。
コメント
肺高血圧症は進行してからみつかることが多く、診断には専門的な技術と知識を必要とします。 安静時の頻呼吸や発咳、運動時に疲れやすいなどは肺高血圧症のサインかもしれません。 特に、心臓病や慢性的な呼吸器症状のある場合には肺高血圧症を合併している可能性があります。
肺高血圧症について気になることやご心配がある場合は、お気軽に本院にご相談ください(ただし、電話相談のみは受け付けていません)。
よくある質問(FAQ)
Q1:肺高血圧症は珍しい病気ですか?
A1: 見逃されがちですが、特に心疾患や呼吸器疾患を持つ高齢犬では珍しくありません。心エコーでの評価が重要です。
Q2:肺高血圧症は完治しますか?
A2:残念ながら多くは完治せず、慢性的な管理が必要です。ただし早期に原因疾患へ対応すれば、進行を抑えることができます。
Q3:フィラリア予防で防げますか?
A3:はい。フィラリア感染は肺高血圧の大きな原因の一つなので、通年予防が非常に重要です。
Q4:家でできるケアはありますか?
A4: 過度な運動や興奮を避け、体重管理や定期的な内服薬の管理が重要です。必要に応じて酸素療法も併用されます。
Q3:治療費はどのくらい?
A3:検査や内服薬により異なりますが、初期診断に3~4万円程度、継続治療では月1~2万円前後のケースが多いです。
まとめ
犬の肺高血圧症は、多くの心臓病・呼吸器病に関連する重大な病態です。咳や呼吸異常、失神といった症状が見られる場合は、速やかに動物病院での精密検査をおすすめします。原因を早期に特定し、適切な治療を行うことで、多くの犬が快適な生活を維持できます。
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参考文献
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