肥大型心筋症
目次
概要
肥大型心筋症は猫の心臓病の中で最も多く発生する心疾患と言われています。
心筋症は心筋細胞の機能が障害されることで心臓全体の機能が低下し、循環不全を引き起こす病気です。
猫の心筋症は症状が出にくいので健康診断では発見できないことが多く、病気が進行してから見つかるケースも少なくありません。
実際に、健康に見える猫の中で本疾患にかかっている猫は約15%に登ると報告されています[1][2]。
また、進行したケースでは肺水腫や血栓症などの命に関わる重度な合併症(心不全)を招くことがあります。
心筋症には根本的な治療法がありませんが、早期発見と適切な内科治療によって心不全の発生を予防し、苦しまずに日常生活を過ごせるように管理することが出来ます。
肥大型心筋症の原因
肥大型心筋症の原因は未だ解明されていませんが、ヒトでは900種類以上の遺伝子変異が見つかっており遺伝的要因によって引き起こされる疾患と考えられています。
猫ではMBPC3という遺伝子の変異[3][4]が見つかっています。しかし、これらの遺伝子変異があってもすぐに病気を発症しないこともあれば、遺伝子変異がなくても病気にかかる猫もいます[4]。
好発品種や好発年齢は?
肥大型心筋症の発生が多くみられる品種には以下の血統が知られています。
- メイン・クーン
- ペルシャ
- アメリカン・ショートヘアー
- ノルウェージャン・フォレスト
- スコティッシュ・フォールド
- ラグドール
実際に我々の調べでも短毛雑種猫の発生が最も多く、肥大型心筋症の猫の39.8%は短毛雑種猫でした[5]。
肥大型心筋症の好発年齢は5~7歳と言われていますが、加齢とともに発症率は高くなります。ある報告では3~9歳の猫の18.8%が肥大型心筋症にかかっており、9歳以上では29.4%の猫が本疾患にかかっていました[2]。と言っても、1歳未満でも4.3%の猫で肥大型心筋症が診断されています[2]。実際に、私達も若齢猫で本疾患を診断することは決して珍しくありません。
従って、本院では肥大型心筋症(猫)の早期発見のための独自プログラムをお勧めしています。
肥大型心筋症(猫)の早期発見プログラム
|
検査
健康診断時に不整脈や心雑音が聴取されれば、心筋症を疑う必要があり精密検査が必要です。しかし、心筋症にかかっていても心雑音が聞こえないケースもあるため、聴診だけでは本疾患を見逃す可能性があります。
一般的に心臓病の患者さんは心肥大が起こるため、レントゲン検査で大きくなった心臓を確認することができます。
しかし、猫の心筋症では心肥大が起こっていないようにみえることがあるため(図1)、聴診と同様に本疾患を見逃す可能性があります。
実際に、胸部レントゲン検査では心筋症猫の18~21%で異常所見がみられないことが示されています[6][7]。
心臓病以外にも胸腔疾患や呼吸器疾患の有無を知ることが出来ます。
この検査では心臓内部の構造を評価することができるので、肥大型心筋症のみならず多くの心疾患を確定診断することができます。本院では高性能の超音波検査機を用いて専門医が検査を行うため、短時間で正確な検査を受けることが可能です。
心筋細胞から分泌される特殊な物質の血中濃度を測定することで、心筋症の早期発見が可能な検査です。
また、心筋症の重症度を反映して血中濃度が上昇[8][9]することや、呼吸器疾患との鑑別に有効[10]であることが報告されており、心筋症のスクリーニング検査としてとても有効な検査法です。
本検査は外注検査になるため、結果が出るまで2~3日かかります。
診断
肥大型心筋症の診断には、まず、心筋壁を肥厚させる以下の基礎疾患を除外する必要があるため、血圧測定に加えて血液検査、胸部レントゲン検査を行います。
- 高血圧
- 甲状腺機能亢進症
- 大動脈弁狭窄
- その他の全身疾患
左心室壁は全体が肥厚していたり、局所的に肥厚していることがあり、人医では以下の様に細かく分類されています。
- 非閉塞性肥大型心筋症
- 閉塞性肥大型心筋症
- 心室中部閉塞性心筋症
- 心尖部肥大型心筋症
- 拡張相肥大型心筋症
閉塞性肥大型心筋症とは
閉塞性肥大型心筋症は心室中隔の一部が肥厚して左心室内に突出することで、左心室から大動脈への入口が狭くなる心筋症です(図3)。
我々の調べでは、症状がなく左心室壁が肥厚している猫(56頭)の内、閉塞性肥大型心筋症は20頭(35.7%)もみつかりました。
この疾患は治療方針が他の心筋症とは異なるため、超音波検査では慎重な評価が求められます。
また、いずれのタイプでも重症例では拡大した左心房が認められ(図4)、このようなケースではうっ血性心不全や血栓症のリスクの高いことが知られています[12][13]。
治療
- 心筋肥大を引き起こす基礎疾患がみつかった場合は、基礎疾患の治療を行います。基礎疾患の治療を行うことで心臓の異常所見は改善することがあります。
- 基礎疾患がみつからない場合には、以下のような治療方針が推奨されています。
早期治療によって生存期間が延長するという明確な根拠が示されていないため、積極的な治療は推奨されていません[11]。このような場合には6~12ヶ月毎に定期検査を行い、治療を開始するタイミングを確認します。中には数年間も病態が安定しており、治療を必要としないケースもあります。
早期治療を行っても生存期間は変わらないことが報告[14]されていますが、稀に病態が急激に悪化して心不全を起こすことがあるため、本院では無症状でも内科治療をお勧めしています。
血管拡張薬や利尿薬、強心薬によって心不全の発生を予防することが必要です。重度な左心房拡大のみられる場合には、血栓症の発生リスクが高くなることから、上記の治療に加えて血栓症予防を開始することが推奨されています。
・利尿剤:尿を排出させることで全身の血液量を減らし、心臓の負担を減らします。
・ベータブロッカー:心臓の過剰な興奮を抑制し、心臓が働きすぎて疲れないようします。
・降圧剤(ACE阻害剤など):血管を拡張させて血圧を下げることによって、血液が循環しやくします。
・強心薬(ピモベンダン):血管拡張作用と強心作用を併せ持ち、心不全症状の軽減に有効です。
・抗凝固剤:血栓の形成を抑制することで、血栓症による重篤な合併症を予防します。
4. 肺水腫や血栓症を発症しているケースでは集中治療を行うため、入院治療が必要です。
予後
ある報告では心不全を発生した猫の予後は比較的悪く、中央生存期間は563日(1年半)と報告されていますが、中には発症後2日で死亡したケースもあります[15]。血栓症を併発した猫の予後はさらに悪く、中央生存期間は184日[15]でした。また、心筋症によって死亡した猫の内、突然死は15%の猫で発生しています[12]。
心筋症の有無を事前に把握して、重症度に応じた適切な治療を行うことで、血栓症や肺水腫で苦しむ猫や突然死と言う悲劇を減らしたいと考えています。
猫の心臓病について気になることやご心配がある場合は、お気軽に本院にご相談ください(ただし、電話相談のみは受け付けていません)。
参考文献
- Paige CF, Abbott JA, Elvinger F, et al. Prevalence of cardiomyopathy in apparently healthy cats. J Am Vet Med Assoc 2009;234:1398-1403.
- Payne JR, Brodbelt DC, Luis Fuentes V. Cardiomyopathy prevalence in 780 apparently healthy cats in rehoming centres (the CatScan study). J Vet Cardiol 2015;17 Suppl 1:S244-257.
- Fries R, Heaney AM, Meurs KM. Prevalence of the Myosin-Binding Protein C Mutation in Maine Coon Cats. J Vet Intern Med 2008;22:893-896.
- Mary J, Chetboul V, Sampedrano CC, et al. Prevalence of the MYBPC3-A31P mutation in a large European feline population and association with hypertrophic cardiomyopathy in the Maine Coon breed. J Vet Cardiol 2010;12:155-161.
- Hori Y, Iguchi M, Heishima Y, et al. Diagnostic utility of cardiac troponin I in cats with hypertrophic cardiomyopathy. J Vet Intern Med 2018;32:922-929.
- Ferasin L, Sturgess CP, Cannon MJ, et al. Feline idiopathic cardiomyopathy: a retrospective study of 106 cats (1994-2001). J Feline Med Surg 2003;5:151-159.
- Riesen SC, Kovacevic A, Lombard CW, et al. Prevalence of heart disease in symptomatic cats: an overview from 1998 to 2005. Schweiz Arch Tierheilkd 2007;149:65-71.
- Machen MC, Oyama MA, Gordon SG, et al. Multi-centered investigation of a point-of-care NT-proBNP ELISA assay to detect moderate to severe occult (pre-clinical) feline heart disease in cats referred for cardiac evaluation. J Vet Cardiol 2014;16:245-255.
- Wess G, Daisenberger P, Mahling M, et al. Utility of measuring plasma N-terminal pro-brain natriuretic peptide in detecting hypertrophic cardiomyopathy and differentiating grades of severity in cats. Vet Clin Pathol 2011;40:237-244.
- Fox PR, Oyama MA, Reynolds C, et al. Utility of plasma N-terminal pro-brain natriuretic peptide (NT-proBNP) to distinguish between congestive heart failure and non-cardiac causes of acute dyspnea in cats. J Vet Cardiol 2009;11 Suppl 1:S51-61.
- Luis Fuentes V, Abbott J, Chetboul V, et al. ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats. J Vet Intern Med 2020.
- Payne JR, Borgeat K, Brodbelt DC, et al. Risk factors associated with sudden death vs. congestive heart failure or arterial thromboembolism in cats with hypertrophic cardiomyopathy. J Vet Cardiol 2015;17 Suppl 1:S318-328.
- Payne JR, Borgeat K, Connolly DJ, et al. Prognostic indicators in cats with hypertrophic cardiomyopathy. J Vet Intern Med 2013;27:1427-1436.
- Schober KE, Zientek J, Li X, et al. Effect of treatment with atenolol on 5-year survival in cats with preclinical (asymptomatic) hypertrophic cardiomyopathy. J Vet Cardiol 2013;15:93-104.
- Rush JE, Freeman LM, Fenollosa NK, et al. Population and survival characteristics of cats with hypertrophic cardiomyopathy: 260 cases (1990-1999). J Am Vet Med Assoc 2002;220:202-207.