疾患の解説

僧帽弁閉鎖不全症

概要

僧帽弁閉鎖不全症は犬の心臓病の中で最も多く発生する心疾患です。
主な原因としては加齢と伴に僧帽弁や腱索に変性( 僧帽弁粘液腫様変性) が起こり、僧帽弁が正常に閉鎖できなくなることで発生します。僧帽弁は左心室の血液を大動脈に送り出す時に、左心房への逆流を防ぐ働きがあります。しかし、本疾患では血液の一部が左心房に逆流するために、全身へ血液を送り出せなくなり、心臓の中に血液が溜ります。初期には無症状ですが、進行すると肺水腫などの命に関わる重度な合併症( 心不全) を招くことがあります。
僧帽弁閉鎖不全症には根本的な治療法がありませんが、早期発見と適切な治療によって心不全の発生を予防し、苦しまずに日常生活を過ごすことが出来ます。

 

好発品種や好発年齢は?

我々の調査では僧帽弁閉鎖不全症は以下の血統で多く診断されています[1]

  • チワワ
  • シーズー
  • トイプードル
  • マルチーズ
  • ミニチュア・シュナウザー
  • ポメラニアン
  • パピヨン
  • ミニチュア・ダックスフンド
  • 雑種犬

また、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルは遺伝的に本疾患の好発品種であり、若齢時に発生することが知られています。

正確な発症年齢は不明ですが、5歳前後から心雑音の聴取される犬がいます。
最も多く診断される年齢は6~8歳であり、この時期の多くは無症状で経過しています。
8~10歳になると発咳などの心不全症状がみられはじめ、重度な犬では命に関わる状態になることもあります。

 

症状

● 初期

全身状態に大きな変化はなく、症状はほとんどみられません。

● 中期

循環不全が生じ、発咳や元気消失、呼吸速迫、呼吸困難、チアノーゼ、失神などの症状が認められます。さらに、うっ血性心不全を発症すると肺の中に水が貯まり( 肺水腫)、重度の呼吸困難を呈し、命に関わることもあります。
以下の場合には肺水腫の疑いがあるので、至急検査が必要です。

□ 安静時呼吸数が40回/分以上
□  浅くて速い呼吸が30分以上続いている
□   開口呼吸が30分以上続いている
□  うずくまったり、横になって寝れない (落ち着かずにハーハーしている)
□  舌の色が暗い赤色、青味がかった赤色、紫色にみえる
□   薄ピンク色の鼻汁が出る

● 末期

肺水腫を頻繁に繰り返したり、少しの運動でも息苦しくなります。
腎不全や肺高血圧症[2]、心臓性悪液質[3]、膵炎[4]などを合併することがあります。

 

検査・診断

1. 聴診

成犬において収縮期雑音が聴取されれば、僧帽弁閉鎖不全症を疑います。
心雑音が聴こえる場合には精密検査が必要です。

 

2. 胸部レントゲン検査

一般的に心臓病の時は心肥大が起こるため、レントゲン検査で心臓が大きくなっているか確認します(図1)。
レントゲン検査では全身状態や身体検査では解らない心臓の大きさや左心房拡大を評価することができます。心臓の大きさは僧帽弁閉鎖不全症の重症度を反映しています。

図1.僧帽弁閉鎖不全症犬では顕著に拡大した心陰影が認められる。

 

また、肺水腫の場合には肺野が白くなるため、息苦しい時にはレントゲン検査を実施します(図2)。

図2.肺水腫ではない犬(左図) では肺野が黒く映っているが、肺水腫の犬(右図)では肺の領域(心臓の下付近) が白く写されている。

 

3. 超音波検査

僧帽弁閉鎖不全症の確定診断には超音波検査を用います。
検査では僧帽弁の形状や血流を確認することで確定診断を行います(図3)。

図3.僧帽弁閉鎖不全症犬では僧帽弁が左心房側に逸脱している(矢印)。また、正常犬に比べて左心房腔が顕著に拡大している。
LA: 左心房, LV: 左心室.

 

また、左心室や左心房の大きさを評価することで心不全の重症度を判定すると共に心不全リスクを予測することが可能です。
本院では高性能の超音波検査機を用いて専門医が検査を行うため、短時間で正確な検査を受けることが可能です。(図4)

 

 

 

 

 

4. 血液検査・血液生化学検査

血液検査・血液生化学検査では心不全の合併症( 貧血や腎不全、肝機能障害、栄養失調など) の有無を確認しています。また、基礎疾患の有無は検査・治療方針を左右するため、初診時や定期検査時に確認しています。

 

5. 心臓バイオマーカー検査

心筋細胞から分泌される特殊な物質の血中濃度を測定することで、僧帽弁閉鎖不全症の早期発見や重症度の評価を行います(図5)。僧帽弁閉鎖不全症の犬では心不全の重症度が高いほど血中のANP やNT-proBNP が高値を示しています[1][5][6]。本検査は外注検査になるため、結果が出るまで2~3日かかります。

 

 

治療

本院では2019 年に公表された米国獣医内科学会(ACVIM) のガイドラインを参考にして治療方針をご提案しています[7]

 肺水腫の既往歴がなく、心拡大が認められない場合(ステージB1

基本的に治療の必要はありません。ただし、6~12ヶ月毎に定期検査を行い、心臓の状態を確認しています。

● 肺水腫の既往歴がなく、心拡大が認められる場合(ステージB2

以下の内科治療が推奨されています[7]

  • 降圧剤(ACE阻害剤など):血管を拡張させて血圧を下げることによって、血液が循環しやすくなります。
  • 強心薬(ピモベンダン):血管拡張作用と強心作用を併せ持ち、心不全症状の軽減に有効です。
  • 食餌療法:ナトリウムを制限した心臓病食

 

● 肺水腫を発症している場合(ステージC

肺水腫では肺に水が溜まるために酸素を取り込めなくなり、重度の呼吸困難を発症します。
この時には集中治療を行うため、入院治療が必要です。

  • 酸素吸入:酸素室で高濃度の酸素を吸入することで、呼吸が楽になります。
  • 利尿剤(フロセミド):尿を排出させることで全身の血液量を減らし、心臓の負担を減らします。また、肺に溜まっている水分を取り除く効果があります。
  • 強心薬(ピモベンダン、ドブタミン):心拍出量の低下が認められる場合に使用します。心臓からの血液駆出を増やし、全身の血液循環を改善すると共に肺水腫を軽減させます。
  • 昇圧剤(ドパミン):血圧の低下が認められる場合に使用します。

 

● 退院後の管理(ステージC

ステージB2の内科治療に加え、利尿剤(フロセミド)の内服を行います。

  • 運動制限:基本的に運動制限はしていませんが、慢性心不全時には少しの運動で呼吸が苦しくなることがあります。このような場合には、食事やトイレ以外の活動は控える必要があります。
  • 食餌管理:心臓病食を推奨していますが、基本的に食餌制限はしていません。心臓病食を使用しない場合でも、今までの食事をしっかり食べることが重要です。特に、高齢犬では心不全によって体力が低下しやすくなっているので、高カロリー&高たんぱくのフードを推奨しています。
  • 飲水制限:基本的に飲水制限はしていませんが、慢性心不全時には少しの運動で呼吸が苦しくなることがあります。このような場合には、飲水量を60ml/kg/日以下に制限することがあります。

 

 心臓手術

本院では心臓手術を行っておりません。心臓外科治療をご希望の患者様には専門施設をご紹介しております。

 

予後

ある報告では心不全を発生した犬の予後は悪く、中央生存期間は約1年と報告されています[8]。これは、「心不全を発症した犬の約半数は1年以内に亡くなる」という厳しい結果です。また、肺高血圧症や心臓性悪液質などを合併した犬の予後も悪いことが報告されています[2][3]

本院では重症のワンちゃんでもご自宅で苦しまずに過ごせる方法を模索し、病態に合わせた治療方針をご提案しています。僧帽弁閉鎖不全症について気になることやご心配がある場合は、お気軽に本院にご相談ください。

 

参考文献

  1. Hori Y, Iguchi M, Hirakawa A, et al. Evaluation of atrial natriuretic peptide and cardiac troponin I concentrations for assessment of disease severity in dogs with naturally occurring mitral valve disease. J Am Vet Med Assoc 2020;256:340-348.
  2. Borgarelli M, Abbott J, Braz-Ruivo L, et al. Prevalence and prognostic importance of pulmonary hypertension in dogs with myxomatous mitral valve disease. J Vet Intern Med 2015;29:569-574.
  3. Ineson DL, Freeman LM, Rush JE. Clinical and laboratory findings and survival time associated with cardiac cachexia in dogs with congestive heart failure. J Vet Intern Med 2019;33:1902-1908.
  4. Han D, Choi R, Hyun C. Canine pancreatic-specific lipase concentrations in dogs with heart failure and chronic mitral valvular insufficiency. J Vet Intern Med 2015;29:180-183.
  5. Takemura N, Toda N, Miyagawa Y, et al. Evaluation of plasma N-terminal pro-brain natriuretic peptide (NT-proBNP) concentrations in dogs with mitral valve insufficiency. J Vet Med Sci 2009;71:925-929.
  6. Chetboul V, Serres F, Tissier R, et al. Association of plasma N-terminal pro-B-type natriuretic peptide concentration with mitral regurgitation severity and outcome in dogs with asymptomatic degenerative mitral valve disease. J Vet Intern Med 2009;23:984–994.
  7. Keene BW, Atkins CE, Bonagura JD, et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J Vet Intern Med 2019;33:1127-1140.
  8. Borgarelli M, Savarino P, Crosara S, et al. Survival characteristics and prognostic variables of dogs with mitral regurgitation attributable to myxomatous valve disease. J Vet Intern Med 2008;22:120-128.
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