ペースメーカー治療
【犬猫のペースメーカー治療】適応症・手術・術後ケア・予後まで獣医師が徹底解説!
はじめに
犬や猫の心臓は、1日に何十万回も休まず動き続けています。
犬や猫にも、不整脈などで心拍数が異常に低下する疾患が存在します。心臓のリズムを整える「刺激伝導系」に異常が生じると、深刻な心拍数の低下を引き起こし、命に関わるリスクも。重度な徐脈性不整脈は失神や突然死のリスクを伴うため、緊急の医療介入が必要です。そこで近年、動物医療でも普及しつつあるのが「ペースメーカー治療(PMI)」です。本記事では、ペースメーカー治療の適応症、手術手技、術後管理、予後について、獣医療専門医監修のもと詳しく解説します。
大切な家族を守るために、正しい知識を身につけましょう。
犬猫の心臓と刺激伝導系の基礎知識
犬猫の心臓と刺激伝導系とは
心臓は1日に約17万〜21万回拍動し、全身に血液を循環させています。犬猫の心臓が効率よく機能するためには、心筋細胞が順序正しく一定のリズムで興奮収縮する必要があります。このため、心臓には心筋細胞の他にも一定のリズムで電気刺激を生成するペースメーカー細胞や電気刺激を心臓全体へ伝導する経路があり、これらを刺激伝導系と呼んでいます。心臓の拍動は、刺激伝導系と呼ばれる特殊な心筋細胞群によって効率的に制御されています。

刺激伝導系の中心は前大静脈と右心房の接合部にある洞房結節であり、ここにはペースメーカー細胞と呼ばれる特殊心筋が集まっています。洞房結節は自動的に一定のリズムで電気刺激を生成し心臓全体へ伝導されるため、心臓は効率よく機能することができます。
心臓が正常に動くメカニズム
心臓は心房が先に収縮して、少し遅れて心室が収縮することで心臓の中で血液が効率的に移動して、心室から動脈に血液を送り出せるようになっています。刺激伝導系は心房と心室の収縮するタイミングを調節する重要な働きを持っています。
刺激伝導系の重要性
洞房結節や伝導路に異常が生じると心拍リズムが乱れ、時には長時間心臓が動かなくなることがあります。最悪の場合は命に関わる状態に陥ります[1]。刺激伝導系は心臓を一定のリズムで動かすために重要な働きを担っています。
ペースメーカー治療とは
ペースメーカー治療とは、洞房結節や刺激伝導系の障害による心拍数低下(徐脈)に対して、人工的に電気刺激を与え、正常な心拍を維持する治療法です。人間では一般的な治療ですが、近年は動物医療でも導入が進んでいます[2]。
ペースメーカー治療の適応症と対象疾患
院内の心電図検査またはホルター心電図検査を用いて不整脈の検査を行います。
PMI は以下に示す症候性の徐脈性不整脈が主な適応となります。
特に、徐脈性不整脈によって失神やふらつきなどの症状が併発している場合には早急な治療が必要となります。
- 洞不全症候群
- 房室ブロック
- 心房静止・停止
治療の目的
徐脈性不整脈では心拍数が極端に減少するため、運動時に疲れやすく、重度な場合(5秒以上の心停止)には失神やふらつきがみられます。
PMIの目的は心拍数を維持し、徐脈を原因とする症状を改善することです。
ペースメーカーの構造と機能

ペーシングシステムは以下で構成されます。
- ペースメーカー本体(バッテリー内蔵、重さ約20g)
本体にはバッテリーと電気回路が内蔵されており、重さは20gほどです。
- リード(電極付きケーブルで心筋に固定)
リードの先端部分には電極があり、電極が心臓に接することで心臓を刺激します。
リードの先端は心臓に固定し、ペースメーカー本体と接続します。この時、ペースメーカー本体はリードを介して心臓から発生する電気刺激を感知しています。不整脈が発生し心臓からの電気刺激が一定時間発生しないと、ペースメーカー本体が電気刺激を心筋へ送ります。こうすることで心臓が一定の間隔で正確に動く化すことができ、不整脈による発作を抑制することができます。近年の機種は省電力設計が進み、バッテリー寿命は5〜10年とされています[3]。
PMIが必要な理由
心臓は、一定のリズムで電気信号を発生させることで正常に血液を全身に送り出しています。洞不全症候群・房室ブロックなどの徐脈性不整脈によって心臓に電気が発生しなければ、心臓から血液が全身に送り出せないため以下のような致命的な問題が発生します。
- 心拍数の極端な低下(徐脈)
- 心停止に近い状態(5秒以上の無脈)
- 臓器への血流不足による失神
PMI治療では徐脈性不整脈によって心臓が自力で動けない時に、人工的に心臓を動かす事ができるため致命的な問題を回避することができます。これがPMIが必要な根本的理由です。
ペースメーカー手術について
ペースメーカーの植込み方法
本院では手術によってペースメーカーを体内に植込みます。
手術では全身麻酔を行い、開胸により心臓の表面に電極を直接固定し、ペースメーカー本体は腹部に植込みます。手術時間は約2時間ですが、術後にはペースメーカー本体が正常に機能しているか確認すると共にペーシングの条件を設定します。

- 全身麻酔下で開胸手術を実施
- 心臓表面にリードを直接縫着
- 本体は腹部皮下に植込む
- 手術時間:約2時間
入院期間と術後の管理
- 術後3〜7日間の入院管理
- 抗生剤を使用した感染予防
- 人工物に対する異物反応の確認
- リードが心臓に固着して正確に機能していることを確認
定期検査のスケジュール
退院後はペーシングの記録、電池の消耗具合、リードに異常がないかを調べるため定期的に検査を行います。
- 退院後は1週間、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月後にフォローアップ検診
- 以降は1年毎の検診でリード異常や電池消耗を監視
ペースメーカー治療(PMI)後の注意点
◯ PMI は全ての心疾患の発生は予防できません。
PMI は不整脈に起因する症状の解消を目的としています。PMIの数年後に弁膜症や心筋症が発生し、心臓病治療が必要となる場合もあります[4]。
◯ 再手術になる可能性があります。
- ペースメーカー本体やリードなど術野の感染が生じた場合
- 電池の消耗が激しい場合
- リードに異常があった場合(断線)
◯ 死亡後は本体を回収する必要があります。
死亡後に剖検ができない場合にはPMIは実施できません。
ペースメーカー治療(PMI)の予後
- 一般的にPMI 治療を受けた犬の予後は良好であり、1年生存率は70~85%、3年生存率は45~65%と報告されています[5-8]。
- うっ血性心不全を併発している場合の予後は悪く、半数以上が1年以内に死亡しています[6]。
まとめ
ペースメーカー治療は、犬猫における重度徐脈に対する有効な治療法です。正確な診断と適切な手術・管理により、愛犬・愛猫のQOL(生活の質)を大きく改善できます。ペースメーカー植込みを検討している場合は、心臓専門医との綿密な相談をおすすめします。ペースメーカー治療について気になることやご心配がある場合は、お気軽に本院にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1:犬猫のペースメーカー手術は安全ですか?
A1:現代の獣医療では高い安全性が確立されていますが、全身麻酔を伴うためリスクゼロではありません。手術前に心臓や全身状態を十分に検査し、リスクを最小限に抑える取り組みがされています。
Q2:ペースメーカー治療はどの犬猫でも受けられますか?
A2:いいえ。ペースメーカー治療は、洞不全症候群や房室ブロックなど、特定の徐脈性不整脈に適応されます。また、全身状態や心臓以外の疾患によっては適応外となることもあります。必ず獣医師による詳細な診断を受けましょう。
Q3:ペースメーカー手術の費用はどれくらいですか?
A3:動物病院やケースによって異なりますが、一般的には50万円〜100万円程度かかることが多いです。手術費用に加え、術後の定期検診費用も別途必要となります。
Q4:ペースメーカーの電池寿命はどれくらい?
A4:一般的にペースメーカーのバッテリー寿命は5〜10年程度です。ただし、使用条件や犬猫の活動量によって短くなる場合もあります。定期的な検診で電池残量をチェックし、必要に応じて交換手術が行われます。
Q5:ペースメーカーを植えた後、運動はできますか?
A5:術後一定期間は安静が必要ですが、回復後は適度な運動は可能です。ただし、無理なジャンプや激しい運動は避け、獣医師の指示に従った生活管理を続けましょう。
症例紹介
症例1:【命を救った選択】猫の不整脈にペースメーカー治療を行った症例紹介
参考文献
- Bonagura JD, Ware WA. “Cardiology”. In: Ettinger SJ, Feldman EC, eds. Textbook of Veterinary Internal Medicine. 7th ed.
- Griffiths LG, et al. “Pacemaker Therapy in Veterinary Medicine.” J Vet Cardiol. 2017.
- Martin MWS. “Permanent pacemaker implantation in dogs and cats: Indications and techniques.” Vet J. 2015.
- Oliveira P, et al. “Complications associated with pacemaker implantation in dogs.” J Small Anim Pract. 2011.
- Kraus MS, et al. “Long-term outcome after pacemaker implantation in dogs with high-grade atrioventricular block.” J Vet Intern Med. 2012.
- Oyama MA, Sisson DD, Lehmkuhl LB. Practices and outcome of artificial cardiac pacing in 154 dogs. J Vet Intern Med. 2001;15(3):229-39.
- Wess G, Thomas WP, Berger DM, Kittleson MD. Applications, complications, and outcomes of transvenous pacemaker implantation in 105 dogs (1997-2002). J Vet Intern Med. 2006;20(4):877-84.
- Johnson MS, Martin MW, Henley W. Results of pacemaker implantation in 104 dogs. J Small Anim Pract. 2007;48(1):4-11.
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